自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言者が自筆で遺言書の全文と日付・署名・捺印をして作成するものです。
用紙や書き方の規定はありませんが、必ず自筆で作成しなくてはならず、代筆は認められません。また、ワープロやパソコンで作成しても原則として無効となります。
ただし、相続法(民法)の改正にともない、平成31年1月13日以後に作成される自筆証書遺言については、財産目録の部分は「自筆」でなくてもよくなります。ですので、遺言書に別紙として添付する財産目録(土地建物の所在など、遺言の対象とする財産を記載した一覧)についてはパソコンで作成したものを添付することができます。また、別紙として不動産の登記事項証明書や預貯金の通帳のコピーを添付することもできます。
なお、この場合には、相続財産の目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、押印する必要があります。
もっとも、自筆証書遺言は費用がかさむことなく、また証人も不要で手軽である反面、自宅で保管する方が多いため、紛失や偽造のリスクが実務上指摘されてきました。さらに、自筆証書遺言は遺言者の死後に家庭裁判所で検認が必要なため、相続人の負担もありました。
そのため、令和2年7月10日から法務局で“自筆証書遺言”を保管する制度が開始しました。
これにより遺言書の紛失や偽造、廃棄、隠匿などのリスクが減り、相続登記の促進や相続手続の円滑化を図ることが可能です。
公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者が公証人に遺言の内容を口授し、それに基づいて、公証人がそれを正確に文章にまとめ、公正証書遺言として作成するものです。
公証人は、裁判官、検察官等の法律実務に携わってきた法律の専門家で、正確な法律知識と豊富な経験を有しているため、公証人のもとで作成される遺言書は法的に見てきちんと整理した内容となっており、また方式不備で遺言が無効になるおそれもありません。
したがって、公正証書遺言は、自筆証書遺言と比較して、安全かつ確実な遺言方法であるといえます。
もっとも、公証役場への依頼後、公証役場から、遺言案のほか、あらかじめ戸籍謄本、身分証明書の写し、印鑑証明の写し、その他遺産相続に関連する資料が必要となる場合もありますので、それぞれの公証役場にお問い合わせください。また、公正証書遺言をするためには、証人2人の立会いが義務づけられていますが、適当な証人が見当たらない場合には、公証役場で紹介してもらうことができますので、この点についてもそれぞれの公証役場へお問い合わせください。
秘密証書遺言
秘密証書遺言は、まず遺言者が遺言の内容を記載した書面(自書である必要はありません。)に署名捺印をした上で封じ、遺言書に捺印した印章と同じ印章で封印します。
その上で、公証人及び証人2人の前にその封書を提出し、自己の遺言書である旨及びその筆者の氏名及び住所を申述します。その後、公証人が、その封紙上に日付及び遺言者の申述を記載後、遺言者及び証人2人と共にその封紙に署名捺印することにより、作成されます。
秘密証書遺言の場合、遺言が存在することは明らかにしながら、遺言の内容を秘密にして遺言を保管することが可能になりますが、公証人が遺言内容をチェックするわけではないので、遺言内容の正確性については保障されません。
また、秘密証書遺言は公証役場に保管されませんので、遺言者ご自身で保管することになります。そのため、遺言を紛失してしまうおそれも否定できませんし、遺言の内容を実現させるためには、自筆証書遺言と同様、家庭裁判所において検認の手続きを受ける必要があります。
特別方式遺言
「自筆証書遺言書」「秘密証書遺言書」「公正証書遺言書」の3種類の普通方式遺言と区別される特別方式遺言というものがあります。
この特別方式遺言は病気やけがで突然死期が迫り、普通方式遺言を作成できないような緊急時に作成されます。
まず特別方式遺言には、大きく分けて「危急時遺言」と「隔絶地遺言」の2種類があります。
「危急時遺言」とは、病気やけが、遭難などの特殊事情によって死期が迫っている人が利用できる遺言です。これは、①一般危急時遺言、②難船危急時遺言の2種類に分類されます。
「隔絶地遺言」とは、遺言者が一般社会との交通が断たれ、普通方式による遺言を作成することができない場合に認められる方式です。これは、③一般隔離者遺言、④船舶隔絶地遺言の2種類に分類されます。
①は、疾病その他で死亡の危急に迫っている場合に認められる遺言方式です。
民法上は、⑴証人3人以上の立会いをもって、その1人に遺言の趣旨を口授すること、⑵口授(口がきけない人の場合は通訳人の通訳が必要。)を受けた証人がそれを筆記すること、⑶口授を受けた証人が筆記した内容を、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、または閲覧すること、⑷各証人が筆記の正確なことを承認した後、遺言書に署名し印を押すことが必要です。
もっとも、一般危急時遺言による遺言の日から20日以内に、証人の1人または利害関係人から家庭裁判所に請求して、遺言の確認を得なければなりません。
なお、遺言者が普通方式によって遺言をすることができるようになった時から6ヶ月間生存するとき、一般危急時遺言は無効となります。
②は、船舶における遭難という緊急事態を想定して定められた遺言方式です。
⑴遺言者の乗っている船舶が遭難し、 死亡の危急に迫っている場合に、⑵証人2人以上の立会があること、⑶遺言者が口頭で遺言を行うこと、⑷証人が遺言の趣旨を筆記して、 署名、押印することが民法上必要です。難船危急時遺言は、一般危急時遺言に比べて、より緊急時の遺言であるため、要件が緩和されています。
そして、難船危急時遺言は遺言後に証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に難船危急時遺言の確認の請求をすることが要求されています。
なお、死亡の危急からの回復によって、遺言者が普通方式の遺言を行うことが可能になった時から6ヶ月間生存するときは、難船危急時遺言の効力は失われます。
③は伝染病などの理由により行政処分で交通を断たれた場所にいる場合に認められた遺言方式です。
⑴警察官1人及び証人1人以上の立会いがあること、⑵遺言者自身の遺言書の作成、⑶遺言者、筆者、警察官及び証人が署名し、印を押すことが必要ですが、この遺言書に家庭裁判所の確認は不要です。
なお、遺言者が普通方式によって遺言をすることができるようになったときから6ヶ月間生存するとき、一般隔離者遺言は無効となります。
④は船舶の中にいる場合に認められた遺言方式です。
⑴船長または事務員1人及び証人2人以上の立会いがあること、⑵遺言者自身の遺言書作成、⑶遺言者、筆者、立会人及び証人が署名し、印を押すことが必要ですが、この遺言書に家庭裁判所の確認は不要です。
なお、遺言者が普通方式によって遺言をすることができるようになったときから6ヶ月間生存するとき、船舶隔絶地遺言は無効となります。
遺言の撤回及び取消し
撤回とは、ある法律行為をした人が、特段の理由なく、一方的な意思表示によって、その法律行為をなかった状態に戻すことをいいます。
民法1022条では、「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる」と規定されており、一度遺言書を作成した場合であっても、遺言者はいつでもその遺言を撤回することが可能です。
ただし、遺言の撤回は自由ですが、遺言の方式に従う必要がある点には注意が必要です。
遺言を全部撤回する場合には、遺言撤回書の中で、遺言を全部撤回するという内容の条項を記載することになります。例えば、「遺言者は、○○○○年○月○日付で作成した自筆証書遺言を全部撤回する。」などと記載します。なお、方式さえ守れば、例えば公正証書遺言を自筆証書遺言によって撤回することも可能です。
もっとも、上記のような記載がなくとも以下の場合には遺言書を撤回したものとされます。
まず、第1に、前の遺言と後の遺言の内容が抵触するときは、その抵触する部分については後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項)。
第2に、遺言者が、遺言後に遺言の内容と異なる生前処分や法律行為を行った場合は、抵触する部分について遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条2項)。
そして第3に、遺言者が故意に遺言書を破棄した場合、 遺言を撤回したものとみなされます(民法1024条)。
以上が、遺言の撤回についての説明ですが、ここで注意していただきたいのは、遺言の撤回と取消しは法的には異なるということです。
「取消し」とは法律で定められた取消事由がある場合に、取消しの意思表示をすることによって、その法律行為の法的効果を遡及的になかったことにすることです。例えば、詐欺によって遺言を作成した場合や強迫によって遺言を作成した場合などです。
なお、このような「取消し」ができるのは、遺言のうちでも財産的事項を定めた部分についてであり、身分関係に関する遺言は取り消すことができません。
遺言の検認
「検認」とは、相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。そのため、遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。
遺言書の保管者またはこれを発見した人は、相続開始を知った後、遅滞なく、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、遺言書検認の申立てをしなければなりません。また、封印のある遺言書については、家庭裁判所で相続人等の立会いの上開封しなければなりません。
実務上、家庭裁判所は検認を行う際に、裁判所が指定した期日に相続人等の立ち会いを求めています。この場合、遺言書は、原則として検認期日まで保管者あるいは発見者において引き続き保管されることになります。