AIの進化によって、企業が提供すべき価値は変わり始めています。顧客が求めるのは、単なる業務支援ツールではなく、仕事そのものを完了させることです。ソフトウェアを売るのか、サービスを売るのか。米VCの議論を手がかりに、AI企業が狙うべき市場と、これから置き換えられる業務の条件を考えます。競争優位の源泉も、プロダクトの機能から業務遂行力へ移りつつあります。AIがもたらす価値の転換についての将来を読み解きます。
ソフトウェア vs サービス論争
生成AIの登場によって、AI企業は「ソフトウェアを売るべきか、サービスを売るべきか」という問いに直面しています。
従来、SaaSは理想的なビジネスモデルでした。限界費用は低く、粗利率は高く、同じプロダクトを多くの顧客に横展開できます。企業の業務を効率化するツールを月額課金で提供することで、SaaS企業は巨大な市場を作ってきました。
しかし、生成AI時代にはこの前提が揺らぎ始めています。AI企業が単なる「ツール」を売る場合、その機能が次の基盤モデルのアップデートで取り込まれてしまうリスクがあります。今日までは独立したプロダクトだった機能が、明日にはChatGPTやClaude、Geminiの標準機能になるかもしれません。
一方で、顧客が本当に欲しいのはソフトウェアそのものではありません。会計ソフトではなく、決算を締めたい。契約書レビューソフトではなく、安全に契約を締結したい。採用管理ツールではなく、適切な人材を採用したい。つまり、顧客がお金を払っているのは「ツール」ではなく「仕事を終えてくれるパートナー」です。
「SaaSの死」とは、ソフトウェア企業が消えるという意味ではありません。顧客がツールにお金を払う時代から、成果にお金を払う時代へ移るという意味です。
Co-pilotからAutopilotへのAIエージェントの進化
この変化を理解するうえで重要なのが、Co-pilotとAutopilotの違いです。
Co-pilotは、人間の専門家に道具を提供するモデルです。弁護士、会計士、営業担当者、エンジニアなどがAIを使って生産性を上げます。AIが提案し、人間が判断します。責任を負うのは人間であり、AIは補助役です。
これに対してAutopilotは、仕事そのものを売るモデルです。顧客は専門家向けのAIツールを買うのではなく、成果を直接買います。NDAを作成したい企業は、NDA作成という業務を依頼します。保険を手配したい企業は、保険手配という成果を買います。
AIモデルの性能が上がるにつれて、一定の業務ではAutopilotが現実的になっています。特に、文書を読み、分類し、照合し、ルールに基づいて処理する仕事は、AIが担いやすい領域です。一方で、経営判断、対人交渉、説得、創造的な最終判断は、すぐに完全自動化されるわけではありません。
つまり、顧客が買うものは「便利な機能」から「完了した仕事」へと変わっていきます。
セコイアキャピタルが出した答え
この論争に対して、シリコンバレーの大手ベンチャーキャピタルのSequoia Capitalは明確な答えを提示しています。AI企業は、単なるソフトウェアではなく、サービスを売るべきだという立場です。より正確には、AIを使ってサービス業を再発明すべきだという主張です。
Sequoiaの議論の核心は、ソフトウェア予算よりもサービス予算のほうが大きいという点にあります。企業はソフトウェアにもお金を払っていますが、それ以上に人件費、外注費、業務委託費として多額の支出をしています。サービスを売る場合、AI企業はより大きな労働支出や外注支出を取りに行けます。
ただし、すべてのサービス業が同じようにAI化しやすいわけではありません。Sequoiaは、業務を二つの軸で整理しています。一つは、その業務がすでに外注されているか、社内で内製されているかです。もう一つは、その業務が主に知性で処理できるものか、判断(意思決定)を強く必要とするものかです。[1]

この4象限の中で、最初に狙うべきなのは図の右上にある「すでに外注されており、かつ知性で処理できる業務」です。既存の外注先をAIネイティブな新しいベンダーに変えるだけで済み、導入の摩擦が小さいからです。
AIが侵食しやすい業界とは
AIが侵食しやすい業界を考えるうえでは、FelicisのVertical AI市場分析も参考になります。Felicisは、Vertical AIの市場規模を既存のソフトウェア市場だけで見るのは不十分だと指摘しています。AIは、これまでソフトウェア化しにくかった非構造化ワークフローに入り込めるからです。
従来のソフトウェアは、構造化データを扱う業務に強みがありました。一方で、多くのバーティカル市場では、業務が文書、音声、メール、電話、報告書、契約書、申請書などの非構造化情報で構成されています。これらは従来のSaaSでは扱いにくい領域でしたが、生成AIとは相性がよい領域です。[2]

縦軸に既存B2Bソフトウェア企業価値(どの程度DXが進んでいるかを表します)、横軸にAIレディネス(どの程度の仕事が文字・音声で行われているか)を取り、各産業をプロットしてみます。Felicisによれば、AI-readyでありながら、まだAI界隈で十分に語られていない有望領域として、図の右下に位置するライフサイエンス、不動産、自動車、保険、ホームサービスなどを挙げています。共通するのは、文書や音声中心の業務が多く、従来のソフトウェア浸透率が相対的に低く、人手や外注サービスへの支出が大きいことです。
たとえば保険では、保険金請求、引受審査、査定書類など、複雑な文書処理が大量に存在します。不動産では、契約書、開示書類、物件管理、テナント対応などがAIに向いています。ホームサービスでは、現場作業そのものは人間が担うとしても、受付、スケジューリング、見積もり、フォローアップはAIで効率化できます。
AI企業が狙うべきサービス業とは
AI企業が狙うべきなのは、単に人手が多い業界ではありません。重要なのは、顧客がすでに外部に任せている業務であり、かつAIがその中核部分を実行できる業務です。
既存のBPOや専門サービスに委託されている仕事は、AI企業が狙う最初の市場として特に魅力的です。顧客にはすでに予算があり、外注の習慣があります。AI企業は、ゼロから需要を作る必要がありません。既存ベンダーよりも速く、品質の高い成果を出せばよいのです。
価格設定の考え方もSaaSとは異なります。AIが人間中心の業務を置き換えるなら、価格の基準は月額ソフトウェア利用料だけではなく、人件費や外注費です。成果に対して、サービスとして対価を受け取るべきです。
生成AI時代の勝者は、顧客の業務を丸ごと引き受け、裏側でAIによって実行し、成果を届ける会社です。AI企業が問うべき問いは、「どんなソフトウェアを作るか」ではありません。「どの仕事を、顧客の代わりに完了させるか」なのです。
Profile
シバタナオキ 氏
東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程修了(工学博士)。楽天執行役員、東京大学助教を経て、スタンフォード大学の客員研究員として渡米。米国シリコンバレーで起業。「決算が読めるようになるノート」を創業(2022年に事業譲渡)。著書は『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP)、『テクノロジーの地政学』(日経BP)
