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公開 2025.05.22

企業内弁理士 ミステリ小説家が語る 異分野の組み合わせで新たな「商品」を生み出す方法(後編)

企業内弁理士 ミステリ小説家が語る 異分野の組み合わせで新たな「商品」を生み出す方法(後編)

破天荒な弁理士、大鳳未来が、特許にまつわるトラブルを解決していく人気ミステリ「大鳳未来シリーズ」を手掛ける南原詠氏。企業内弁理士として活動するかたわら、宝島社が主催する『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、小説家として活躍している。異なるふたつのジャンルを組み合わせて新たなジャンルを生み出す発想法、小説と新規ビジネスの共通点について話を聞いた。

小説家が語る キャラクターを生み出す秘訣

主人公のキャラクターが魅力的なのが「大鳳未来シリーズ」の強みですね。

おかげさまで大鳳未来を好きだと言ってくださる方が多くてうれしく思っています。

プロットやストーリーを考えるのは大変ではありませんか?

プロットが一番大変です。編集さんとのやりとりでも、まずはプロットでOKが出たら実作に入るという形で進めています。「シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来」は難産でした。千本ノックではありませんが、もっと面白いプロットがほしい、出してもわかりにくいと言われたりと苦労しました。トリックの中身を特許そのものよりも特許が孕んでいる法律の穴で作ろうとすると、どうしてもわかりにくくなってしまうんです。

その辺のバランスは難しいですよね。

法律を知らない読者に特許制度の面白い部分(僕は「ゲームのルール」と呼んでいるのですが)の面白さを伝えつつ、あっと驚いてもらえるように作るとどうしても複雑になってしまうんです。そのバランスが難しいですね。最終的にはエンタメに振っていく、ある意味において嘘をつくのもありで、僕が覚悟を決められるかどうかなんですよね。現実ではあり得ないけれども、文章にすればギリギリあり、そんなレベルを攻めていかなければいけないなと感じています。振り返ってみると、2作目の「ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来」はすんなり書けたのですが、3作目の「シルバーブレット」は難産でしたね。「ここが合格ラインです」「超えてください」と言ってくれる編集の方々がいてくれるのは本当にありがたいと感じます。

モノづくりを進めるにあたって、第三者との壁打ちは重要ですね。

超えなければならない合格ラインの基準をまだ作れていないんですよね。基準は編集の皆さんと相談をしていく中で見えてくるんです。なかなか大っぴらにありがとうと伝える機会はないのですが、感謝しています。

千本ノックをやってる間は「いい加減にしてよ」等、考えたりされるんですか?

いい加減にしてよではなく、「オレはダメなんじゃないか」と思うんですよ。すでにデビューされている小説家の話を聞くと、2作目、3作目を出すことができずに文壇から消えていく作家もたくさんいるんだそうです。それに比べれば、僕が書いたものを読んで赤を入れて、つまらないときはつまらないと言ってくれる方がいることがどれだけありがたいことかということですよね。
ベンチャー企業でもアーリーアダプター層ばかり狙ってしまって失敗する企業もたくさんあると思うんですよね。その気持ちがよく分かるというか、端から見るとなぜそんな失敗をしてしまうんだろうということでも、自分がその立場になってみると「なるほどこういうことか」とわかったりするんです。

キャラクターを作るにあたってどういうところを考えられていらっしゃいますか?

主人公である大鳳未来は、気が強くて周りをぐいぐいと引っ張っていくようなキャラクターにしたいと常々思っています。女性って男性よりも強いって私は思っているので。2作目以降、丸くなったなと思う場面もあったのですがそれでもちゃんとパワフルに周りを引っ張っていく。他の周りを固める男性キャラクター全部マゾでいいなって(笑)。ドMなキャラクターで描いています。たとえば、新堂という男性キャラクターが出てくるのですが、彼はいくらいじめられても喜んで未来に付いてくるキャラクターとして描いています。優秀だけど未来の手足として働くキャラクターですね。彼らを未来が使って事件が解決に向かっていくという展開を意識しています。そうすることで、大鳳未来のキャラが立っていくなと感じています。

作者である南原先生ご自身が気に入っているキャラクターはいますか?

作者としてはみんな気に入っているんですよね。それでも強いてあげるとするなら主人公である大鳳未来ですよね。読者の方々の話を聞くと新堂のファンも多いんですよ。未来が一番エッジが効いたキャラクターですので、人気も彼女に集中するだろうと思っていたのですが、意外なキャラクターを好きだと言ってくれる方が多くて、驚くと同時にうれしいですね。

小説家もAIを使う時代に AI時代の小説執筆のリアル

南原 詠 氏

新しいエンタメをご自身で作っていきたいといった発言が過去のインタビューでもありますが、今日の段階でご自身が目指している道の何合目くらいまで来た、といった手応えのようなものはありますか?

山にたとえるなら、たぶんあちらにある別の山を目指さなきゃダメなのかなというイメージなんですよね。プロダクトマーケティング戦略の言葉に「ホールプロダクトモデル」というものがあるのですが、一番最初に市場に出すシンプルな初期のセットである「コアプロダクト」があり、その外周に「期待プロダクト」「拡張プロダクト」「理想プロダクト」がそれぞれあります。お客様のニーズが現在どこにあって、自社サービスにはなにが足りないのかを分析し、プロダクトが対応するサービスを広げられるように作っていくという考え方なのですが、僕はいま広げている真っ最中なんですよね。なので、目の前にある山を登るというより、あの山もあちらの山も、一応登れる状態にしておかないといけないなと感じているんです。具体的には、きっとこの先なるべく特許の色を薄くしていかなければいけないのかなと思っています。

先生が弁理士資格をお持ちで、最初にまず濃厚に弁理士と特許というテーマで作品を作れた、シリーズ化できたからできる展開なのかもしれませんね。

そういった意味ではうまくいったのかなと思います。最初に専門的な内容でベースを作っておいて、そこから橋を渡していくのが王道だと思うので、それができているわけですからね。

新しいジャンルにチャレンジするというのは、面白さと不安とどちらが先に立ちますか?

面白さですね。自分の中で進化していく瞬間があるのですが、不安はありませんね。リスクというと語弊があるのですが、金銭的なリスクがまったくない仕事ですから。むしろ誰もやっていないことをやりたいというそんな思いです。

小誌の読者は経営者の皆さんなのですが、面白いアイディアやプロダクトを生み出すための考え方など教えていただけますか。

むしろ僕がいただきたいぐらいなんですけど(笑)、言うまでもなくだとは思うのですが、やはりスモールスタートだと思うんです。やはり質も大事だけど量と質は比例するんだなと小説を書いていて感じるので、千個試して3つ当たればいい、そういった考え方は大切なんじゃないかと思います。いきなり大きく賭けずに、小さいところで試してみる。一千万円を1回ではなく1万円を千回試してみる、そういったチャレンジがいいと思うんです。
小説のプロットも千個出して3つ当たればそれでいいと思うんですよね。逆に言うと千個のプロットぐらい出せないとダメなんです。2〜3個出してダメなら諦めるのではなく、どんどん出せるようにならないといけない。僕もどんどん修行しないといけないなと思っています。

新サービスを生み出す企業と新しい物語を生み出す小説家と、近しいところがありますよね。

作家の場合、編集者や出版社のサポートを受けることができますが、経営者の場合は編集者がいないので、そこの違いは考える必要があるかもしれませんね。その代わり、並走して一緒に考えてくれる優秀な社員もたくさんいると思うので、適宜壁打ちをしたり今なら生成AIを使うのもひとつの手かもしれません。以前、プロットを作る際の壁打ち相手にAIを使ってみたものの上手く行かなかったのですが、私が使いこなせていないだけかもしれません。ただ、AIが小説の執筆を完全に行うことはないと思います。

小説のようなクリエイティブな作業は当面、AIに代替するのは難しい気もするのですが、先生の肌感としてはいかがですか?

ネタや展開を考える際の一助にはなるかもしれませんね。たとえば短編やプロットの作成にAIを活用する本も出ていますが、それらはあくまで補助的なツールとしての使い方だと思います。覚えて損はないかもしれませんが、クリエイティブの根幹はAIに頼れないと考えています。

小説の執筆も、紙に万年筆で書いていた時代から大きく変わったんですね。

変わったと思います。とはいえ、丸投げで「面白い小説を書いてくれ」ではAIも困ってしまうだろうし、「面白いビジネスを考えてくれ」というのも困ると思うんですね。勝手な想像ですが、たとえば草稿の一部を入れた上で「ここの登場人物BとCのやりとりが不自然なので、自然に読めるように直してほしい」といったように、具体的にプロンプトを入れたらきちんとしたフィードバックが返ってくる可能性はあります。ビジネスシーンでも同様で、こことここのサプライチェーンがうまくいかない気がするから改善提案してほしいと質問したら、自分とは異なる視点からの回答が返ってくることもあると思うんです。そのように使っていくのであれば、活用できる可能性はあると思います。

最後に、今後の展開を教えて下さい。

いま、新しいシリーズを構想中です。これまでの特許をテーマにした作品とは別に、ミステリー色を強めた作品を書こうと思っています。エンタメとして面白く、読者をあっと驚かせる作品を、なるべく早くお届けできるように準備を進めています。

大鳳未来とはまた別のシリーズですね。楽しみにしています。今日はありがとうございました(2024年11月25日取材)。

<前編はこちら>

Profile

南原 詠 氏

弁理士 / 小説家
1980年生まれ、東京都目黒区出身。東京工業大学(現・東京科学大学)大学院修士課程修了。元エンジニア。現在は企業内弁理士として勤務。第20回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞を受賞し、『特許やぶりの女王 弁理士 大鳳未来』で2022年にデビュー。他の著書に『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』『シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来』(以上、宝島社文庫)がある。

著書紹介

  • シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来
  • シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来
    宝島社文庫刊
    製薬会社と特許権侵害にまつわる戦いを描いたシリーズ最新作。
  • ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来
  • ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来
    宝島社文庫刊
    いちご園と商標権侵害をテーマに描いたシリーズ2作目。
  • 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
  • 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
    宝島社文庫刊
    人気VTuberを守るため、大鳳未来が東奔西走するデビュー作。