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8月8日に拙著『アフターAI』を刊行しました。本稿はその補遺として、書籍で触れ切れなかった「アフターAI」時代の大企業のビジネス構造の転換を決算データで解説します。人を増やさず、半導体とAI開発へ投資して成長する流れがGAFAMで顕在化し、やがて全産業に波及します。日本企業はまず営業のAI化で従業員あたりの売上を高め、次に自社プロダクトへAIを添付する準備を急ぐべきです。本稿はその道筋と具体策も提示します。
書籍で書かなかった「アフターAI」の現実
8月8日に拙著『アフターAI』を出版しました。本稿はその補遺として、本では書かなかった「アフターAIの大企業のビジネス構造」を、最新の決算データと図表を手がかりに整理します。要点はシンプルです。人を増やさず、半導体とAIアプリ開発に投資して成長し続ける。この変革が、GAFAMで既に起こり始めており、やがて全産業に波及します。
GAFAMの決算データ:売上は二桁成長、従業員数は横ばい
生成AIは「実験」フェーズから「経営の常識」へ移りました。大企業でさえも、様子見をしている段階を抜け、AI導入の効果が決算発表で事実として語られるフェーズに入ったのです。
私が強調したいのは、企業成長の重心が人件費から計算資源(GPU、データセンター、電力)とAI開発へ移ったこと。これは一過性のブームではなく、ビジネスの構造が大きく変わる構造転換です。
投資の重心転換:設備投資とR&D投資の加速
GAFAMの過去20年間の売上高(棒グラフ)と従業員数(折れ線グラフ、会計年度末時点)の時系列推移をご覧ください。最後のグラフはGAFAMの売上高と従業員数の合計です。

※各社決算データよりChatGPTで作成
売上は二桁成長を続ける一方、2021年頃から従業員数は横ばいから微減というトレンドが読み取れます。パンデミック期に人員を急拡大した企業は最適化を経て、採用に依存せずに売上を積む体質へと転換しています。
Alphabet(Google)とMeta(Facebook)は採用調整後に売上再加速、MicrosoftとAppleはボラティリティの小さい運営で安定成長、Amazonは人員最適化後も売上高成長を維持しています。
共通項は「従業員数を増やす」ことなく、売上高が安定的に二桁成長するトレンドが継続している点です。言い換えると「従業員あたりの売上」が急改善しているのです。
「アフターAI」企業の決算のあるべき姿と、日本の大企業が今すぐやるべきこと
もう一つの事実は、設備投資(CapEx)とR&Dの継続的な増加です。

GAFAMにNVidiaを追加したBig6の合計を見ると、でCapExは売上比で10年前の8%から15%へ上昇、金額も年率二桁で拡大し、R&D投資も同9%から13%へ高止まりしています。
(※Trends – Artificial Intelligence, Bond Capital, May 2025より引用)
現時点では、設備投資、AIアプリ開発への投資が膨らみ、フリーキャッシュフロー(FCF)は短期的に圧縮されているという事実もあります。
FCFが落ち込んでいるという事実は悲観材料ではなく「先に設備と研究開発へ投資、後からAIを活用した高価値AIプロダクトで回収」というAIビジネスの立ち上がり期だとも言えるでしょう。
GAFAMの決算はすでに「売上は二桁で伸び、従業員数はフラット、設備投資とR&D投資は増加」という姿に変わりました。人を増やすよりも、半導体(計算資源)とAIアプリ開発への投資で売上を伸ばすという構造です。
このパターンは他のソフトウェア企業にも波及し始めています。営業プロセスのAI化と、プロダクトへのAI機能追加で顧客単価を高める競争に入るでしょう。追随しない企業は収益性・成長率のいずれでも不利になり、投資家からもそっぽを向かれることになるからです。
そして、全産業が同じ方向に向かわざるを得なくなります。販売・顧客対応・設計・オペレーション・財務のあらゆる現場でAIの生産性向上が一般化し、P/Lの重心が人件費から計算資源へ部分移行します。結果として、企業の「成長戦略」を測るKPIも変わります。
「アフター」AIの決算で最重要となるKPIを3つあげます。
- ①従業員あたりの売上・利益/従業員:採用に依存せず伸ばせているかを測る根幹指標
- ②AI関連プロダクトの売上比率:有償AI機能の売上比
- ③設備投資から売上への転換効率:1ドルの設備投資(クラウド中心ならAIインフラ費用)が何ドルの売上・粗利に化けたか
こう考えると、日本の大企業が取るべき戦略は以下の通りになるでしょう。
①特に営業プロセスにAIを導入し「従業員あたりの売上」を改善する
営業リードの評価(スコアリング)、メール・提案書・議事録の自動生成、商談要約のCRM反映、更新・解約予測など、営業にまつわるプロセスにAIを導入します。
計測すべきKPIは、担当者あたりの商談創出数、成約率、営業サイクルの長さ、そして従業員あたりの売上です。まず稼ぐ力をAIで底上げし、現金創出力を強くします。
②自社プロダクト/サービスにAI機能を追加し「顧客あたりの売上」を改善する
主要ユースケースを選定し、短期間でMVP(Minimum Viable Product)から有償化のロードマップを作成しましょう。
売上のうち、AI関連プロダクトが占める割合を計測します。ここで初めて「AIが売上にどう効いたか」を測れるようになります。顧客あたりの売上を計測することが重要です。
③人員配置の再設計
従業員を増やさずに、成長を続けるために、AIを積極導入しながら、営業・カスタマーサポート・プロダクトマネージャーなどの各職種ごとに、必要なAIスキルを定義し、教育システムを構築する必要があります。
更には、業務フローが大きく変わる中で、人員再配置をこれまで以上に大胆に行う必要も出てくるでしょう。
「アフターAI」の巨大な波に乗るにはまずは、営業の生産性改善を行い、従業員あたりの売上を増やすことです。そして、次に自社プロダクトへのAI機能の追加をして、顧客あたりの売上を増やすことです。ここまで到達して、はじめて本当の意味で「アフターAI」への構造転換が完了したと言えるでしょう。
GAFAMの決算が示している未来地図は、「人を増やさず伸びる」ビジネス構造を作ることこそが、「アフターAI」時代の競争戦略だということに他なりません。
Profile
シバタ ナオキ 氏
元・楽天株式会社執行役員、東京大学工学系研究科助教、スタンフォード大学客員研究員。東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。スタートアップを経営する傍ら「決算が読めるようになるノート」を連載中。
