Authense法律事務所では、毎年11月15日(いい遺言の日)に「遺言書年報」を発表している。大規模なアンケート調査を元に、国内の相続と遺言書の現状を詳らかにすることで、より多くの方に円満な相続を実現してもらうことを目的としている。今回は、2025年11月にリリースされた最新版でお届けした内容を中心に、特に経営者層の方々が遺言書とどう向き合うべきなのか、考察する。
一般的に遺言書の作成意志は低い
Authense法律事務所が毎年11月に発行している『遺言書年報』では、大規模アンケート調査を元に相続・遺言書にまつわる社会の情勢や動向を調査しレポートしている。
日本の公正証書遺言作成数は、毎年微増しているものの、2014年以降およそ10万件。2024年の日本人の死亡者数が約160万人(※厚生労働省概算)であることを考えると、まだまだ遺言書が日本国内に広く普及しているとは言い難い。
『遺言書年報』でのアンケート調査もそのことを裏付ける結果となっている。「あなたは今後、遺言書を作成す予定はあますか?」との設問に対し、「ある」と答えたのは5.3%。26.8%の 「どちらかといえばある」を加えてもようやく3割という状況だ。
日本人の相続・遺言書への無関心の理由は大きく分けて3つある。「遺言書を書くほどの資産がない」「家族仲が良いので揉めない」「健康なのでまだ必要がない」、多くの方がこれらを理由に遺言書を書かない判断を下している。
一方、企業の経営者は総じて所有している資産も多く、自社株の分配など事業承継に関わる要素を考慮に入れる必要もあるなど、相続や遺言に対する関心も高いことが考えられる。一定以上の資産を持っている方に限定したアンケート調査を行った場合、遺言書を用意している割合は大きく上昇するだろう。
資産が増えるほどトラブルも増える
資産が増えれば増えるほど、相続時のトラブルが発生しやすくなる、そんなイメージをお持ちの方も多いかもしれない。その想定は決して間違っておらず、『遺言書年報』で行なったアンケート調査でも裏付ける結果が現れている。

50歳以上で、すでに親の相続を経験した方を対象に行なったアンケート調査によると、親の相続の際、相続トラブルが起こった割合は、保有していた資産が3000万円〜5000万円未満までの家庭ではおよそ1割程度だが、5000万円を超える資産を持つ家庭になると2倍に跳ね上がる(グラフ1)。今回の調査では最高額は「1億円以上」で、それ以上のクラス分けをしなかったが、資産が増えれば増えるほど相続トラブルを経験した人の割合は増えていくことは容易に予想できる。だからこそ、一定以上の資産を持っている家庭では、早めに、確実な形で、自身の財産を自身の意図通りに分配するための「意志」を遺言書の形でまとめておく必要がある。
仲が良いから大丈夫は「幻想」
相続が「争続」になってしまう大きな要因の一つが「感情」だろう。法律や理屈の上では自分の取り分がこの金額になることは理解できても、兄弟の確執や親との関係性、周囲からの見え方や個人の資質などが原因で、感情が優先してしまうと争いになりやすい。

『遺言書年報』内で、「相続が発生した際、親の資産総額の何%を相続したいですか?」との設問がある。この設問に対し、「100%(全額)ほしい」との回答は全体では20.6%だが、資産1億円以上の親を持つ子では41.7%へと跳ね上がる(グラフ2)。
上記で「全額欲しい」と回答した人も、理屈の上ではそうはいかないと理解しているのだろう。それでも「欲しい」と思ってしまうのが人間の性と言えるのかもしれない。
親の資産額が1000万円以下の方を対象に、「相続が発生した際、遺産として受け取現金が、何万円少ないと『納得できない』と感じますか?」との質問に対して、最多の回答が寄せられたのが「11〜100万円」(62.2%)だった。
これは決して「貧乏人は100万円程度で家族同士争う」ということではなく、金額が増えれば増えるほど、よりその争いの感情は激しさを増し、さらに権力闘争にも発展して骨肉の争いへとなりかねないと考えるのが妥当だろう。
保持している資産が多ければ多いほど、トラブルの火種も増えていく。一方で、「資産が多ければ多いほど、自分の家族は相続の際に揉めないと考える」というアンケート結果がある。
『遺言書年報』の2023年度版で、資産別に「遺言書を作成しない理由」を聞いている。結果、「相続人の仲が良く、揉めないと思うから」との回答が、資産500万円以下では2.7%だったものが、5000万円以上〜1億円未満では24.1%、1億円以上では14.3%と大きく増えている。
企業経営で世間の荒波を日々乗り越えている海千山千の経営者の方々が、相続という企業存続に大きな影響を与える事象に対して甘い見通しを持っているとは思えないが、「自分の家族は大丈夫」というバイアスのかかった考え方は持たないほうが安心と言えるだろう。
同じく『遺言書年報』2023年度版で、全国の50代以上の男女727人のうち、親の相続を経験したと回答した302人に、自分は遺言書を作成する意向があるかどうかを聞いている。
親の相続を経験した際、親族内でトラブルが発生した経験を持つ方は、12.1%が「すでに作成している」と回答しており、60.6%が「作成するつもりでいる」と答えている。
一方で親族内でトラブルがなかった方ではそれぞれの回答が3.7%、29.8%にとどまっており、実際に「争続」を経験したか否かが自身の遺言書作成意向に大きな影響を及ぼしていることが分かる。
「争続」は金額が大きいから起こるのではなく、場合によっては数万円の単位であっても骨肉の争いに発展することがある。兄弟や姉妹、義理の兄弟・姉妹との間でお金を巡ってトラブルが発生すると、心身ともに疲弊するだけではなく、時間や、場合によっては弁護士費用などの金銭も用意しなければならない事態が起こり得る上に、企業経営にも影響を及ぼす可能性すらある。
トラブルが発生する前に、しっかりと考え抜かれた遺言書を用意しておきたいところだ。
準備は病気になってからでは遅い
全国の20代から70代以上の男女1448人に、「どんなことがあったら遺言書を作成するか」について聞いたアンケート結果がある(『遺言書年報』2023年度版)。もっとも多い回答は全世代で「病気になったとき」。およそ3人〜4人にひとりが回答している。重い病にかかり、寿命について考える状態になった場合、現在所有している資産をどのように分配していくかの意志を残していく必要があると多くの人が感じているようだ。
しかし、遺言書は心身ともに健康な状態でなければ作るのは困難。意識が明瞭ではない、認知症を発症してしまった、意識は明瞭でも身体のダメージが大きく深く考えるのが難しいなど、死に直面した段階で遺言書を作ろうとしても遅きに失するケースがあるため、注意が必要だ。
次に多いのが「節目の年齢に達したとき」。50歳、60歳、70歳など、自身で定めた年齢に達したときに遺言書を作成しておき、その後、次の目標年齢に達したら改めて書き直す人が一定程度見られるようだ。特に、自らの死後について具体的に考えるようになる70代以上で顕著に割合が高まっている。
しかし、トラブルはいつ訪れるかわからないもの。心身ともに健康な状態を維持しているうちに、自身の意志は遺言書の形でまとめておくのが良いだろう。
遺言書年報
遺言書年報 2025年度版
(Authense法律事務所刊)
「遺言書の意識調査」や「親の相続経験」、「親の相続に関する不満」などについて、アンケート調査を行った結果をまとめている。日本人の相続・遺言書に関する意識や最新動向が分かる、遺言書研究書の決定版。
