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INNOVATORS
公開 2026.08.24

建築家から「ちょい悪オヤジ」、そして米づくりへ
姿を変えても揺るがない
唯一無二の「ジローラモ」という生き方
タレント・実業家 パンツェッタ・ジローラモ氏 インタビュー(前編)

パンツェッタ・ジローラモ氏

建築家、サッカー選手、NHKのイタリア語講師、そして「ちょい悪オヤジ」の象徴―。1988年の来日以来、節目ごとに鮮やかに姿を変えながら、約40年にわたって日本の第一線を走り続けてきたパンツェッタ・ジローラモ氏。唯一無二のブランドの裏側には、尽きることのない好奇心と、前を向く人生哲学があった。近年は有機米づくり「GIRO米プロジェクト」で地方創生にも挑む。その流儀と哲学を聞いた。

取材・文/山口和史 Kazushi Yamaguchi 写真/西田周平 Shuhei Nishida

ナポリの建築家から
唯一無二の「ジローラモ」へ

建築家、サッカー選手、NHKのイタリア語講師、そして「ちょい悪オヤジ」の象徴―。これほど鮮やかにスタイルを変えながら、日本の第一線を走り続けてきた人物は珍しい。1988年の来日から、まもなく40年。節目のたびに姿を変えてきた理由を、本人はいたって軽やかに「新しいことへの興味」と説明する。

「僕は、新しいことに対していつも興味があるんです。ひとつのことだけで有名になると、それが終わったら自分も終わってしまうでしょう。イタリア語講座だって、普通は1年なのに、僕は10年以上やっていた。そこから、いろんなことが生まれていったんです。」

ナポリの建築一家に生まれ、古い建物を修復する専門家だった青年が、なぜ極東の島国へ渡ったのか。発端は、父の友人が請け負った「日本人建築家についての本」だった。情報が現地でしか手に入らない時代、その資料集めの旅が、人生を変える入り口になった。

「いまはインターネットで何でも手に入りますが、昔は現地に行かないと写真も撮れない。その建築家のレポートのために、資料をまとめながら日本へ行ったんです。それが、最初のきっかけですね。」

降り立ったのは大阪。外国人の姿がまだ珍しかった街で、イタリア人の青年は、歩くだけで人目を集めたという。

「楽しい街でした。外国人が少なかったのか、有名でもないのに、みんなが僕と写真を撮ろうとする。昔、大阪で人気だったディスコに足を踏み入れた瞬間には、お客さんがいっせいに立ち上がったこともありました。たぶん、誰かと勘違いしたんでしょうね(笑)。夢じゃないのに、夢みたいな気分にさせてくれる。不思議な国だな、と思いました。」

来日後はNHKのイタリア語会話講師としてデビューを果たす。1年で終わるはずの講座を10年以上も続けるうちに、番組のプロデューサーたちと親交が生まれ、サッカー、料理と、活躍の場は雪だるま式に広がっていった。やがて雑誌『LEON』の専属モデルとなり、「ちょい悪オヤジ」という言葉とともに、ひとつの時代の象徴となる。

「『ちょい悪オヤジ』という言葉も、『LEON』と一緒に生まれたんですよ。」

パンツェッタ・ジローラモ 氏

ひとつのことで名を上げても、その流行が廃れれば終わってしまう。だからこそ、時代の空気を読みながら、つねに新しい舞台へと身を移してきた。狙って象徴になったわけではない。時代との幸福な出会いだった。

もっとも、モデルを長く務め続けられたのは、幸運だけではない。本人は、編集者の力に加えて「個性」と「努力」を挙げる。体型を保つための運動も、自己管理も怠らない。そのうえで、人がいま何に興味を抱いているのかを、つねに考え続けてきた。

異国で受け入れられ続けるために、ジローラモ氏が意識してきたのは、肩肘を張らずに「合わせる」ことだ。来日まもなく広告代理店といっしょに仕事をした経験も、日本とイタリアの流儀の違いを学ぶ教室になった。

「日本とイタリアでは、文化が全然違う。だったら、こっちに合わせてやろうと思ったんです。たとえば接待。イタリアには接待という言葉はないけれど、似たようなものはある。何かを贈ると、何かが返ってくる。当時は相撲の升席を持っていたから、千代の富士が人気だった時代に、いろんな方をご招待しました。」

そうやって人の輪を広げる一方で、言葉の機微には、いまも神経を使う。40年を経てもなお、小さなすれ違いは消えないという。

「イタリア語で『やりたい』は、あくまで希望なんです。でも日本では、口にした瞬間に『やりましょう』になってしまう。こういう小さなズレは、まだあるんですよ」と笑う。

唯一無二の「ジローラモ」というブランドは、緻密に設計されたものなのか。問いを向けると、答えは明快だった。

「作ろうと思って作れるものではないんです。違う国に行けば、その国のエッセンスが、知らないうちに自分のなかに入ってくる。勉強して、仕事して、いろんな経験をして、悩んで、前を向いて。その積み重ねのなかで、自然にこういうキャラクターになったんじゃないかな。だから、秘訣なんてないんですよ。」

深く考えすぎないのも、この人の流儀である。「大変でしたよ。でも、深く考えていたら、イタリアに逃げ帰っていたかもしれない(笑)。とにかく前向きでいく。それだけです」。前向きな性格は、子どもの頃から変わらないという。屈託のない笑顔は、いまもナポリの少年のままだ。

<中編に続きます>

Profile

パンツェッタ・ジローラモ 氏

1962年9月6日、イタリア・ナポリ生まれ。建築一家に育ち、ナポリで建築を学んだのち、政府の依頼で歴史的建造物の修復に携わる。1988年に来日し、NHKイタリア語会話の講師としてデビュー。多数のテレビ番組で人気を集め、雑誌『LEON』の表紙モデルとして「ちょい悪オヤジ」ブームの象徴となった。2014年、「連続して最も多くファッション誌の表紙を飾った男性モデル」としてギネス世界記録に認定。(現在継続中)近年は有機米づくり「GIRO米プロジェクト」を通じて、地方創生にも取り組んでいる。曲、イベント企画、プロデュースなど多方面にわたって活動を続けている。