2026年ミラノ・コルティナ冬季五輪のフィギュアスケート・ペア競技で、日本ペア史上初の金メダルを獲得した三浦璃来選手・木原龍一選手の歩みには、強いチームをつくるための本質的な示唆があります。
本記事では、ふたりの関係性や周囲の支え方に注目しながら、相性の考え方、役割分担、心理的安全性といった観点から、企業が人と組織を活かすためのヒントを社会保険労務士の視点で解説します。
目次
ミラノ五輪金「りくりゅうペア」に学ぶ、企業を強くする奇跡の相性
「優秀な人材を揃えたはずなのに、なぜかチームの成績が上がらない」
「メンバー同士の折り合いが悪く、せっかく採用した社員が早期に辞めてしまう」
日々マネジメントの最前線で戦う人の中には、このような悩みを抱えている人も多いのではないでしょうか。「プレイングマネージャーとして自分の業務もある中で、部下たちの人間関係やモチベーションまでどうケアすればいいのか……」。そんなため息が聞こえてきそうです。
そんな人に、ぜひ知ってほしいエピソードがあります。この冬、連日ニュースを賑わせた、2026年ミラノ・コルティナ冬季五輪におけるフィギュアスケート・ペアの「りくりゅうペア(三浦璃来選手・木原龍一選手)」の金メダル獲得劇です。
日本ペア史上初となるこの歴史的な快挙。映画『グラディエーター』の壮大な音楽に乗せて彼らが叩き出したのは、フリーの世界歴代最高得点となる「158.13点」、そして合計「231.24点」という圧倒的なスコア。元五輪代表で木原選手のかつてのパートナーでもあった高橋成美さんが、テレビ解説で思わず「こんな演技、宇宙一です!」と叫んだほど、見る者すべてを惹きつける圧巻のパフォーマンスでした。
私は社会保険労務士という職業柄、時事ニュースを見ると「これは企業の人事や組織論、チームビルディングにどう活かせるだろうか」と考える癖があります。このりくりゅうペアの軌跡を紐解いていくと、そこには単なるスポーツの感動秘話にとどまらない、現代の企業が抱える「組織と人事の課題」を解決するためのロジカルなヒントが詰まっていることに気づかされました。
絶望の淵から這い上がった「最強の補完関係」
りくりゅうペアの今回の金メダルは、決して順風満帆な道のりではありませんでした。ショートプログラムでは、彼らの最大の武器であるリフトでまさかのミスがあり、首位と6.9点差の5位と大きく出遅れてしまったのです。
演技直後、木原選手は氷上にうずくまり、採点を待つ間も涙が止まりませんでした。
「昨日はいやというほど絶望を感じました。どうやって立ち直ればいいのか分からなかった」と語るほど、メンタルが崩壊しかかっていたと言います。彼はもともと、お兄さん気質で三浦選手を引っ張る立場でありながら、同時に非常に落ち込みやすい繊細な性格を持ち合わせていました。
その時、普段は面倒を見てもらっている立場の年下の三浦選手が動きました。涙が止まらない木原選手に対し、「今回は私がお姉さんでした」と振り返る彼女は、「これまで7年間、積み重ねてきたものがあるんだから。まだ終わっていないよ」と彼を力強く励ましたのです。そして「今日は龍一くんのために滑る」と誓い、見事に二人で最高のフリーを滑り切りました。
これを自分のチームに置き換えてみてください。優秀なリーダーやエース社員であっても、人間である以上、プレッシャーに押し潰されたり、大きなミスをして立ち直れなくなったりする瞬間は必ずあります。その時に必要なのは、エースが崩れた時にまったく違うアプローチでメンタルを支え、実務をカバーできる異質な強みを持ったパートナーの存在です。
同じ強みを持つ人ばかりを集めたチームは、平時では強くても、有事には脆く崩れやすい側面を持っています。たとえば、一方は論理的思考に長けているけれどメンタルが繊細、もう一方は大雑把だけれど底抜けに明るく逆境に強い。そうやってお互いの「弱み」を「強み」でカバーし合う構造こそが、究極の補完関係です。りくりゅうペアの逆転劇は、まさにこのチーム戦の神髄を見せてくれました。
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「1+1」が「10」になる奇跡の相性と適材適所
りくりゅうペアの凄みは、滑り方やストローク、呼吸のタイミングが自然にピタッと合うところにあります。通常、ペアはどちらかが相手に合わせる努力を強いられるそうですが、彼らはペア結成直後のトライアウトの時点から、まるで魔法のように歯車が噛み合っていたと言います。
しかし、ここに至るまでの木原選手のキャリアは、決して平坦なものではありませんでした。彼にとって三浦選手は「3人目のパートナー」です。 2013年に高橋成美選手と組んでソチ五輪に出場。その後、須崎海羽選手と組んで平昌五輪に出場しましたが、怪我や方向性の違いなどもあり、ペア解消を経験しています。一時はスケートを離れ、周りが就職していく中でアルバイト生活をしながら「俺は何をやっているんだろう」と挫折を味わった時期もあったそうです。
ここで人事担当者やマネージャーに強調したいのは、「過去のペアでうまくいかなかったからといって、木原選手やかつてのパートナーたちの『才能や能力』が劣っていたわけではない」ということです。「1」という能力は変わらなくても、環境や誰と組むか(相性)によって、結果は天と地ほどに変わります。
企業の人事でも、ある部署で成果を出せず「使えない」とレッテルを貼られていた社員が別の部署に異動し、別の上司や同僚と組んだ途端に大活躍し始めるというケースを私は見てきました。人間は「1」という単純な数字ではありません。3+3が2になってしまうこともあれば、奇跡の相性によって1+1が4にも10にもなるのが、組織の面白さであり難しさなのです。
だからこそ、「この部下はダメだ」と切り捨てる前に花咲ける場所や、カチッと歯車が噛み合うパートナーが社内に他にいるのではないか、と考える視点がマネージャーには必要なのです。
「絶対に落とさない」が生む究極の心理的安全性
ペア競技は、男性が女性を高く投げ上げたり、片手で頭上に持ち上げたりする非常に危険なスポーツです。練習中に女性が落下して大怪我をする事故は決して珍しくないそうです。しかし、りくりゅうペアの木原選手は「俺は絶対に落とさない」と強い決意を持ち、実際に一度も三浦選手を落としたことがないといいます。
彼らのコーチを務めたブルーノ・マルコットさんはこう語っています。
「リフトで最も大事なのは、信頼関係です。どんなことがあっても、相手が下で支えてくれるという信頼関係があるから、あのスピードでも恐怖心を覚えることなく、しっかりと姿勢を維持できるのです」
この「絶対に落とさないという安心感」こそが、近年ビジネスの世界でも盛んに叫ばれている「心理的安全性」の極致です。
自分のチームの部下たちは、「失敗しても、マネージャーが絶対に自分を支えてくれる(落とさないでいてくれる)」と信じられているでしょうか? もし部下がミスを恐れてチャレンジを避けたり、報告を遅らせたりしているなら、それは心理的安全性が欠如しているサインです。
しかし、心理的安全性は「いつでも何でも言っていいよ」「チャットで何時でも相談して」と口で言うだけで生まれるものではありません。とくに若手社員は「こんな些細なことで時間を奪ってはいけない」と遠慮してしまいます。
だからこそ、意図的に「何でも言っていい場(システム)」を作ることが重要です。私の知人の経営者は、定期的に「クレームではないちょっとしたお願いや、業務に関係ない雑談をあえて言える時間」をチーム内に設けています。一見無駄に思えるこうした場づくりが、「このチームなら何を言っても大丈夫だ」という強固な安心感を醸成していくのです。
「スキルマッチ」から「人とのマッチング」へ
これまでの企業人事は、主に「職務(スキル)マッチング」に重きを置いてきました。この仕事にはAというスキルが必要だから、Aを持つ人材を配置する。もちろんこれは大前提として必要です。クリエイティブな人に単純作業ばかりさせれば能力を発揮できませんし、逆もまた然りです。
しかし最近、ある人材コンサルタントの方から非常に興味深いお話を伺いました。社員が早期に離職してしまう最大の理由は、スキルのミスマッチではなく、「配属先の人間関係や、その部署の人たちとの相性が合わなかったから」だと言うのです。
特に未経験者を育成する前提の職場では、スキルよりも教える側と教えられる側の相性や職場の雰囲気とのフィット感が定着率を大きく左右します。「人は人に見切りをつけて辞める」という言葉の通り、仕事の根幹には常に人間関係が存在します。
これからのマネージャーに求められるのは、スキルのパズルをはめるだけでなく、AさんとBさんを組ませたら、お互いの特性がどう作用するかという人と人とのマッチングに比重を置く考え方ではないでしょうか。
音楽プロデューサーのつんく♂さんが、アイドルグループが長く続く理由について「野球チームのイメージでグループを作り上げているから」と語ったことがあります。
野球は9人全員に4番打者を揃えても勝てません。出塁する選手、バントする選手、守備で魅せる選手、リーダーシップを発揮する選手など、多種多様な特性を持つ人間をどう組み合わせるかが鍵なのだと語っています。これは企業組織においても同じです。
まとめ
ミラノ五輪の夜、ショートプログラムでの絶望から一転、フリーを完璧に滑り切って抱き合い、涙を流した三浦選手と木原選手。そして、彼らを信じて送り出し、「まだ終わっていない」と鼓舞し続けたブルーノ・コーチ。
彼らが獲得した金メダルは、個人の突出した才能だけで勝ち取ったものではありません。最高を誇る相性、互いの弱みを支え合う補完関係、絶対に相手を落とさないという信頼関係、そしてそれらを最大化する周囲のサポートという、あらゆる要素が完璧に噛み合わさった奇跡の結晶でした。
企業もまた、同じです。今、自身がその能力に不満を覚えている部下たちは、決して能力が低いわけではありません。ただ、まだ最高のパフォーマンスを発揮できる組み合わせに出会っていないだけかもしれないのです。
人事の要諦は、数字の計算では収まりきりません。「1+1」が時に「無限大」のパワーを生み出すことがあるからこそ、マネジメントは苦しく、そして最高に面白い仕事なのだと私は信じています。
感覚に頼っていたチーム作りを、少しだけアップデートしてみてください。チームの中に隠れている奇跡の相性が見つかり、明日からまた、活き活きと働くメンバーの笑顔が増えることを、一人の社労士として心から応援しています。
監修者

東京都社会保険労務士会所属。成蹊大学文学部英米文学科卒業。
創業間もないベンチャー企業だったAuthense法律事務所と弁護士ドットコムの管理部門の構築を牽引。その後、Authense社会保険労務士法人を設立し代表に就任。企業人事としての長年の経験と社会保険労務士としての知見を強みとする。
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