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公開 2025.11.07 更新 2025.12.15

「ごきげんよう」の世界から、「政界」の荒波へ 決して揺るがなかった信念と「人間力」
特定非営利活動法人萌木理事長・元衆議院議員 池坊 保子 氏 インタビュー(後編)

「ごきげんよう」の世界から、「政界」の荒波へ 決して揺るがなかった信念と「人間力」 特定非営利活動法人萌木理事長・元衆議院議員 池坊 保子 氏 インタビュー(後編)

政治家として、また教育者として社会に貢献してきた池坊氏。その活動の根幹には「人間の育成」と「個の確立」という揺るぎない信念を据えてきた。池坊氏が社会変革のために注いだ情熱と、父の教えから培われた彼女の哲学、そして現代社会における「理念」の重要性について掘り下げる。

取材・執筆/山口和史 Kazushi Yamaguchi 写真/西田周平 Shuhei Nishida

すべての礎は「人間の育成」にあり 社会の根幹を築いた法律制定への情熱

― 池坊氏は政治家として活動した16年間において、一貫して「人間の育成」を追い続けた。彼女の活動の根底には信念があった。

池坊 保子 氏 (以下 池坊氏): 経済も政治も医学もスポーツも、すべて人間の信念や価値観、道徳やモラルといったものを基礎に成り立っていると思うんです。どんな分野においてでも、素晴らしい活躍をしてもらうには礎となる教育が不可欠だ、そう考えています。

― 人間教育こそが社会のあらゆる問題を解決する鍵。池坊氏は実現のために持てる情熱のすべてを教育や青少年問題の解決に注いだ。

池坊氏が手掛けた教育改革は枚挙にいとまがない。児童虐待防止法、文化芸術振興基本法、子どもの読書活動推進法、現在にも連なる大きな足跡を政治家として社会に残してきた。

池坊氏 : 35人学級を作れたのは思い出深いですね。「早寝早起き朝ごはん」、この活動も大きな成果だと思っています。これって本来は家庭で行うべき躾のようにも思えますよね。文部科学省がやるべきことじゃないって。でも、当たり前かつ大切なことだからこそ、文部科学省からのトップダウンが必要だったんですよ。

― 粘り強い取り組みは、やがて目に見える成果となって現れる。朝食を食べてきた児童成績も上がる、朝の10分間読書活動によって不登校が減る。

「子どもたちの心身に良い影響を与えられた、これは議員の活動としてとても誇りに思っています」と振り返る。

― 活動は学校教育だけに留まらない。社会の歪みがもっとも弱い立場の子どもたちに向かう現実を前に、児童虐待防止法も制定。セーフティネットの構築にも尽力した。

池坊氏 : 社会や時代の変化に合わせて何回も改正されましたよね。法律によって子どもたちを救うこともできる、この法律制定に関する一連の活動も思い出深いですね。

― 他にも性差別問題などさまざまな課題に取り組み、解決に力を注いだ。幼い頃から構築された信念と意志を推進力に、国を、社会を変革してきた。

名門・池坊家の人間として、文化芸術分野にも大きな貢献を果たしている。文化芸術基本法の制定や予算獲得において、その手腕をいかんなく発揮した。

池坊氏 : 日本は文化や芸術に対する予算が少なすぎます。寄付の文化がないのに、国家予算が潤沢に用意されるわけでもない。文化庁の予算を増やそうと、大臣とともに折衝して少しずつ増やしていきました。それでもまだ少ないと思いますけどね。

― 私は狩猟民族だからゲットするのが好きなのと屈託なく笑う。池坊氏が政治家として残した実績の一つひとつは、すべて「人間としての規範」を社会に根付かせたいという、一貫した思いから生まれている。子どもたちの健やかな心身を育む地道な活動から、国民の命を守る法律の制定まで、彼女の描く「より良い社会」への確かな布石となっている。

父の背中から学んだ教訓 「頼れるのは自分」という哲学の原点

― 個の確立と自立。池坊氏の強靭な精神性を紐解く上で欠かせない確固たる信念だ。その原風景は、彼女の父に遡る。

⽗である梅溪通⻁⽒は堂上華族(朝廷の御所内にある清涼殿の殿上の間に昇殿することを許された家柄)であり、貴族院議員を務めるとともに、実業家としても活躍した。多くの資産を持つ人物だったが、戦後の社会変革の中でそのすべてを失った。「父の背中を見て、頼れるのはやっぱり自分なんだと」。この教訓が池坊氏の根幹を成している。

池坊氏 :だから「個の確立、自立」という思いが強いんですね。どのような環境にあっても、自分の美学や価値観を持ち続けていくことが大切だと思うんです。

― 決して独善的な孤立を意味するのではない。自身の信念を確立し、その信念に沿って正しく美しく生きる。この姿勢は、周囲からの批判に過度に怯え、SNSの反応に一喜一憂する現代社会を生きる我々にとって学ぶべき点は多い。池坊氏はこうも語る。

池坊氏: 「人事を尽くして天命を待つ」というのは正しいなと思うんですよね。昔の人って良い言葉をたくさん残してるなと感じます。

― まずは人間として為すべき最大限の努力をする。そこで与えられる天の配剤。上手くいくこともあればいかないこともある。もし望んだ結果が得られなくとも、その結果を受け入れる。

池坊氏:「人間万事塞翁が馬」とも思うんですよね。人事を尽くして天命を待つ。そのときダメでも、結果的にその方が良かったということもありますよね。

― この哲学は、自身が輝くべき「場」を見出す力にも繋がっている。彼女は「地の塩たれ」という言葉を解釈し、次のように語る。

池坊氏:「地の塩になる」のではなく、「地の塩である自分」を受け止めて、そこで輝く。どんなときでも自分なりに輝く場を持っていればいい、それが私の生き方なんです。

― このようにして確立された「個」は、他者への深い思いやりへと昇華される。
 
池坊氏:自分の生活を大切にすることができない人は、他人の生活も大切にすることはできないと思うんです。

― まずは自己を確立し大切にする。そこで初めて他者を真に思いやることができる。彼女の生き方は、厳しい時代を生き抜く中で見出された、しなやかで力強い人生の指針そのものだ。

政治も経営も貫く「理念」の力

池坊 保子 氏

― 彼女は現代を取捨選択の時代と定義する。その時代で経営者が持つべきは、他者の意見に耳を傾けながらも、最後には自分で選ぶ覚悟だと語る。

池坊氏: 「直感力、観察力、洞察力、想像力……あらゆる力、人間力がなければ決断できない時代ですよね。
 
― そして、その決断には論理だけではない「力」も必要だと説く。その力こそが、企業にとっての「理念」だ。池坊氏は、敬愛する稲盛和夫氏の「動機善なりや」という言葉を引いて、経営の神髄をこう語る。

池坊氏: 動機はお金儲けでもいいんです。でもそれだけじゃダメなんですよ。自分だけが良いという思いでは長続きしない。社会に貢献する。人類の幸せにつながる、そういった信念がなければいけないと私は固く信じています。だから経営には理念が必要なんです。理念がなく、目的がお金儲けだけなら必ず行き詰まります。
 
― 政治であれ経営であれ、成否を決するのは小手先の技術ではなく、善なる動機と、揺るぎない信念。池坊氏の言葉は、混迷の時代を生きる我々にとって、進むべき道を照らす灯台のように、厳しくも温かい光を放っている。

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<中編はこちら>

Profile

池坊 保子 氏

1942年東京都出身。旧華族・梅溪家の三女として生まれる。学習院大学進学後、華道池坊の家元・池坊専永氏と結婚。池坊学園理事長やお茶の水学院学院長などを歴任し、華道の普及と発展に尽力した。
1996年に衆議院議員初当選、以降5期・16年務める。文部科学大臣政務官、衆議院文部科学委員長、文部科学副大臣などを歴任し、特に教育・科学技術・文化芸術分野での政策推進に力を注いだ。政界引退後も、特定非営利活動法人萌木理事長、学校法人いわき明星大学理事、公益財団法人日本相撲協会評議員会議長、横綱審議委員会委員など多方面で活躍して
いる。主な受章に旭日大綬章。著書に『華の血族』などがある。