2023.11.14BusinessTopics

特定の株主からの自己株式の取得方法・手続きの流れを弁護士がわかりやすく解説

会社法

自己株式とは、株式会社が保有する自社株式のことです。
株式会社が株主との合意によって自己株式を取得する方法には、「株主全員に申込みの機会を与えて行う取得」と「市場取引等による取得」、そして「特定の株主からの取得」の3つの方法があります。

では、特定の株主からの自己株式取得は、どのようなスケジュールで行えばよいのでしょうか?
今回は、特定の株主からの自己株式取得手続きの流れや注意点などについて弁護士が詳しく解説します。

目次
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自己株式とは

自己株式とは、株式会社が有する自己の株式です。

旧商法では、自己株式の取得が原則として禁止されていました。
なぜなら、自己株式の取得を自由に認めると、会社の債権者などを害する恐れがあるためです。

しかし、1994年の商法改正で緩和され、さらに2001年の改正で会社が自己株式を消却せずに保有する金庫株が解禁されています。
このように、自己株式の取得規制は徐々に緩和されてきました。

しかし、自由に自己株式の取得ができてしまうと株主平等の原則に反するなど問題が生じるおそれがあります。
そのため、会社側の意向により自由に自己株式の取得が行えるわけではなく、他の株主やステークホルダーに配慮すべく、所定の手続きを踏まなければなりません。

特に上場企業では、会社が自由に市場から自己株式を買い取ると、金融商品取引法で規制されている相場操縦行為に当たる可能性があります。
そのため、上場企業では自己株式の取得についてより厳格な手続きや財源規制などが設けられており、より慎重に行う必要があります。

合意によって自己株式を取得する方法

株式会社が株主との合意によって自己株式を取得する方法には次の3つが存在します。

  • 株主全員に申込みの機会を与えて行う取得
  • 特定の株主からの取得
  • 市場取引または公開買付けによる取得

それぞれの概要はについて解説します。なお、これ以後はその株式会社が種類株式を発行していない前提で解説します。

株主全員に申込みの機会を与えて行う取得

1つ目は、株主全員に申込みの機会を与えて行う取得です。

株式会社が自己株式を取得しようとするときは、原則としてまず株主総会で次の事項を定めます(同156条1項)。
その期間における取得総数や総額を定める形です。

  1. 取得する株式の数
  2. 株式と引換えに交付する金銭の総額等
  3. 株式を取得することができる期間(1年を超えない期間)

そのうえで、実際に自己株式を取得する際には、取締役会で次の事項を決議します(同157条1項、2項)。

  1. 取得する株式の数
  2. 株式1株を取得するのと引換えに交付する金銭の額等または算定方法
  3. 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の総額
  4. 株式の譲渡しの申込みの期日

そして、これらの事項を株主全員に対して通知しなければなりません(同158条1項)。
上場会社の場合には、この通知を公告で行うことも可能です(同2項)。

この通知を受けた株主は、自分が有する株式をその会社に買い取ってもらうよう申込みをすることができます(同159条1項)。
この申込みは取締役会で定めた期日において承諾したものとみなされ、会社が株主を選んで断ったり承諾したりすることはできません(同2項)。

ただし、申込みされた株式総数が取締役会で決議した取得株数を超える場合には、その予定額までの買い取り(按分)となります。

特定の株主からの取得

特定の株主からの自己株式取得とは、特定の株主のみから自己株式を買い取る方法です。

この通知を特定の株主に対してのみ行うには、会社が自己株式を取得することに関する株主総会で特定の株主にのみ通知を行う旨の決議をしなければなりません。
これについては、後ほど詳しく解説します。

市場取引または公開買付けによる取得

市場取引または公開買付けによる取得とは、株式会社が株式取引市場などから直接株式を取得する方法です。
その会社の株式が市場で流通している(上場会社など)場合には、この方法が有力な選択肢となるでしょう。

しかし、先ほど解説したように、上場会社の場合は財源規制や相場操縦などに十分配慮すべきです。

特定の株主からの自己株式の取得は上場会社では難しいとされる理由

特定の株式からの自己株式の取得は、上場会社など株主が多数にのぼる企業では難しい傾向にあります。
その理由について解説します。

他の株主に売主追加請求権が認められるため

上場会社などでこの方法をとることが難しい理由は、他の株主に売主追加請求権(正確には、自己の持つ株式を買い取ることも株主総会の議案に追加することを請求する権利)が認められているためです。
さらに、この期限が株主総会の5日前までと非常にタイトです(同160条3項、会社法施行規則29条)。

上場会社など株主が多数いる会社の場合、書面での議決権行使を導入していることが少なくありません。
そして、株主総会の5日前だと、すでに多数の議決権行使書面が返送されていることでしょう。

この段階で株主から議案の追加請求がなされると、すでに行使された原案に賛成する旨の議決権行使書がすべて原案反対の内容となってしまいます。
そのため、結果的に議案が否決され、自己株式の取得が事実上困難となります。

一方、株主の限られている非上場企業の場合、このような問題は生じにくく、ハードルはさほど高くないといえるでしょう。

売主追加請求が排除できるケース

売主追加請求が特定の株主からの自己株式の取得の障壁であるということは、この売主追加請求権さえ排除ができればこの方法がとれるということです。
売主追加請求が排除できるのは次の4つの場合です。

  • 市場価格以下で取得する場合
  • 子会社から取得する場合
  • 定款の定めによる場合
  • 相続人等から取得する場合

市場価格以下で取得する場合

自己株式の取得と引換えに交付する金銭等の額が、その株式の市場価格(法務省令で定める方法により算定されるもの)を超えないときは、売主追加請求の適用対象外です(同161条)。
ただしこの規程が適用できるのは、取得する株式が市場価格のある株式である場合に限られています。

子会社から取得する場合

株式会社がその子会社の有する自己株式を取得する場合には、売主追加請求は適用されません(同163条)。

定款の定めによる場合

株式会社の定款に売主追加請求を排除する旨の定めがある場合には、売主追加請求は適用されません(同164条1項)。
ただし、株式の発行後に定款を変更してこの規定を新たに設けるには株主全員の同意を得る必要があり、上場会社など株主数の多い会社ではハードルが非常に高いでしょう。

相続人等から取得する場合

株式会社が株主の相続人その他の一般承継人からその相続その他の一般承継により取得した株式を取得する場合は、売主追加請求は適用されません。
ただし、これはその株式会社が非公開会社である場合にのみ適用される規定です。

特定の株主から自己株式を取得する流れ・スケジュール例

特定の株主から自己株式を取得する流れやスケジュールは次のとおりです。
なお、ここでは非上場会社であり、取締役会設置会社であることを前提に解説します。

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日程 手続 法定期間・期限
6/13 株主総会の招集通知
発送・売主追加請求の通知発送・到着
「株主総会決議」より1週間前まで
6/19 売主追加請求 「株主総会決議」より5日前まで
6/25 株主総会決議
7/4 取締役会決議
7/7 株主へ通知
7/15 株主から譲渡しの申込み
7/31 申込期日・売買契約成立
8/2 株主名誉の記載

売主追加請求の通知

初めに、株主総会の招集通知とともに株主全員に対して売主追加請求ができる旨の通知を行います。

この通知は、原則として株主総会の2週間前までに発送しなければなりません(同160条2項項、会社法施行規則28条1項)。
そして、株主総会の招集通知の発送期限も原則として株主総会の2週間前までであり、この期限と同一です(会社法299条1項)。

ただし、非公開会社の場合、株主総会招集通知の発送期限は株主総会の1週間前までに短縮されています。
この場合は、売主追加請求ができる旨の発送も、これに合わせて株主総会の1週間前までとなります(会社法施行規則28条2項)。

なお、株主総会招集通知の期限は「発送」期限であることに対し、売主追加請求の期限は「到達」期限です。
最近では郵便の配達日数が改訂され配達までに以前よりも時間がかかることが増えているため、余裕をもって発送する必要があるでしょう。

売主追加請求

売主追加請求ができる旨の通知到着後、特定の株主に自己をも加えたものを同項の株主総会の議案とすることを請求したい株主が、会社に対してその旨の請求を行います。
この請求期限は、株主総会の5日前までです(会社法160条3項、会社法施行規則29条)。

なお、この時点ではまだ「株主総会の議案に加えるよう請求する」のみであり、具体的な買い取りまでを請求しているわけではありません。

自己株式取得の特別決議

会社が自己株式を取得するには、株主総会で次の事項を決議しなければなりません(会社法156条1項、160条1項)。

  1. 取得する株式の数
  2. 株式と引換えに交付する金銭の総額等
  3. 株式を取得することができる期間(1年を超えない期間)
  4. 特定の株主から自己株式を取得する旨とその特定の株主の氏名または名称

自己株式の取得は株主にとって影響の大きい事項であるため、この決議は特別決議による必要があります(同309条2項2号)。

特別決議とは、議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行う決議です。

自己株式の取得価格等の取締役会決議

株主総会で取得の決議がなされたら、取締役会において次の事項を決議します(同157条1項)。

  1. 取得する株式の数
  2. 株式1株を取得するのと引換えに交付する金銭の額等または算定方法
  3. 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の総額
  4. 株式の譲渡しの申込みの期日

株主への通知

取締役会による決議内容を、株主総会で買い取りが決定した特定の株主に対して通知します(同158条1項、160条5項)。
この通知に期限はありませんが、できるだけ速やかに行うべきでしょう。

株主による譲渡の申込み

通知を受けた株主は、会社が取締役会で定めた申込期日までに株式譲渡の申込みを行います(同159条1項)。
この申込みは、その申込みに係る株式の数を明らかにして行わなければなりません。

申込期日

会社が取締役会で定めた申込期日において、株主が申込みをした株式の譲受けを会社が承諾したものとみなされます(同2項)。
ただし、申込み総数が会社の定めた取得する株式総数を超える場合には、按分比例によって株式の買取りを行います。

恣意的に特定の株主から優先的に買い取ったり特定の株主からの売渡請求のみを拒否したりすることは認められません。

株主名簿の記載

株式会社が自己株式を取得した場合は、これを株主名簿に記載または記録しなければなりません(同132条1項2号)。
そのため、すみやかに記載を済ませておきましょう。

なお、取得した自己株式はそのまま金庫株として保有することもできますが、消却することも可能です。
自己株式を消却した場合には発行済株式総数が減少するため、2週間以内に変更登記をしなければなりません(会社法915条、911条)。

まとめ

特定の株主からの自己株式取得とは、特定の株主を定めて自己株式を買い取る手続きです。
この手続きでは原則として他の株主からの売主追加請求が認められるため、上場会社など株主の数が多い会社で実現することはかなりハードルが高いといえます。

一方、株主数が限られている非公開会社の場合にはさほどハードルは高くなく、実務でもよく活用されています。

特定の株主からの自己株式取得をするためには、株主への通知期限などに注意しなければなりません。
手続きに瑕疵を生じさせないため、特定の株主から自己株式を買い取ることを検討している際には、機関法務に詳しい弁護士のサポートを受けるようにしてください。

記事監修者

Authense法律事務所
弁護士

森中 剛

(第二東京弁護士会)

一橋大学法学部法律学科卒業。元裁判官。企業法務、M&A、労働法、事業承継、倒産法(事業再生含む)等、企業に係わる幅広い分野を中心とした法律問題に取り組む。弁護士としてだけでなく、裁判官としてこれまで携わった数多くの案件実績や、中小企業のみならず、大企業や公的企業からの依頼を受けた経験と実績を活かし、企業組織の課題を解決する多面的かつ実践的なアドバイスを提供している。

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