カスハラ(カスタマーハラスメント)が社会問題となっており、今やどの企業にとっても直面し得る問題です。
では、カスハラであるか正当なクレームであるかどうかはどのような基準で判断すればよいのでしょうか?
また、自社の従業員がカスハラの被害に遭ってしまった場合、企業はどのように対処すべきでしょうか?
今回は、カスハラの定義や判断基準、企業がとるべき対応などについて弁護士が詳しく解説します。
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カスハラとは?
はじめに、カスハラの定義について解説します。
カスハラの定義
カスハラは「カスタマーハラスメント」の略称です。
法律用語ではなく、法律の条文で用語が正確に定義されているわけではありません。
ただし、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号、以下この記事において「厚労省告示」といいます)」において「顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)」との記述があり、これがカスハラを指すものと考えられます。※1
クレームとは
カスハラと似たものに、「クレーム」があります。
一般的に、クレームとは顧客からの苦情や改善要求を指します。
正当なクレームへの対応は企業の改善や成長、顧客のファン化などにつながるため、クレームにはその内容に応じて適切に対応すべきことが原則です。
カスハラとクレームの違い
カスハラとクレームとの間に明確な線引きがあるわけではなく、クレームの中でも企業や従業員に対して度を超えた要求をするものなどいわゆる「行き過ぎたクレーム」が、カスハラに該当し得るものと考えられます。
また、カスハラの中には企業への要求を伴わない単なる嫌がらせもあります。
つまり、まずクレームは「正当クレーム」と「不当クレーム」に区分でき、このうち「不当クレーム」はカスハラに該当します。
また、クレームではない顧客からの単なる嫌がらせ行為もカスハラに該当します。
カスハラが発生する要因
カスハラが発生する要因はさまざまであるものの、主な要因の1つに顧客が過剰なサービスや自分の要求が通ることに慣れてしまっていることがあると考えられます。
企業と顧客は本来対等な立場であり、企業はサービスや商品を顧客に提供し、顧客はその対価としてお金を支払う関係性であるはずです。
しかし、世の中には一定数「お金を支払っている方が偉い」や「企業は客の要求をできる限り飲むべき」という感覚を持っている人や、「自分の要求を飲んだ方が世の中のためになる」などと考えている人がいます。
確かに、企業にとって顧客は利益を上げるための大切な存在であることでしょう。
とはいえ、当然ながら要求が不当であれば企業は要求を飲む必要はありません。
しかし、要求を退けて問題が大きくなったり売上が低下したりする事態を避けるため、企業が顧客の主張どおりに返金をしたり、従業員が顧客から長時間怒鳴られる事態を黙認したり、といったその場しのぎの対応をすることも少なくありません。
このようにいったん要求が通ると、顧客の要求がエスカレートしたり他の企業に対しても同様の要求をしたりする負のスパイラルとなる可能性があります。
また、近年では自分の思い通りにならない場合にやり取りの一部を切り取るなどして「SNSで炎上させる」手段が取られることもあり、顧客の立場が強くなりやすくなっていることも、カスハラがエスカレートする原因の1つであると考えられます。
カスハラの判断基準
顧客や取引先(以下、「顧客等」といいます)からの要求が正当なクレームであるかカスハラであるかは、どのように判断すればよいのでしょうか?
ここでは、厚生労働省が公表している「カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル」をもとに判断基準を解説します。※2
顧客等の要求内容が妥当性を欠くこと
顧客等からなされた要求の内容が妥当性を欠く場合は、カスハラであると考えられます。
たとえば、次のものが該当します。
- 企業の提供する商品やサービスに瑕疵や過失が認められない場合
- 要求の内容が、企業の提供する商品やサービスの内容とは関係がない場合
要求を実現するための手段や態様が社会通念上不相当であること
たとえ顧客等の要求内容が妥当であったとしても、その要求を実現するための手段や態様が社会通念上不相当である場合はカスハラに該当します。
具体的な例には次のものが挙げられます。
要求内容の妥当性にかかわらず不相当となる可能性が高いものの例
たとえ要求の内容が妥当であったとしても、次のような言動やカスハラに該当する可能性が高いと考えられます。
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫・中傷・名誉毀損・侮辱・暴言)
- 威圧的な言動
- 土下座の要求
- 継続的な言動や、執拗な言動
- 拘束的な行動(不退去・居座り・監禁)
- 差別的な言動
- 性的な言動
- 従業員個人への攻撃や要求
要求内容の妥当性に照らして不相当となり得るものの例
次の要求は、要求内容の妥当性に照らしてカスハラであるかどうかが判断されます。
- 商品交換の要求
- 金銭補償の要求
- 土下座以外の謝罪の要求
たとえば、顧客が購入した商品が購入時から故障していた場合、その商品の返品や交換を求めることは不当な要求であるとはいえません。
一方で、その商品よりも高価な商品への交換を頑なに要求した場合や商品代金よりも非常に高額な金銭の支払いを求められた場合は、不当な要求(カスハラ)に該当し得るということです。
カスハラに関連する法律・配慮義務
企業がカスハラへの対策を講じたり対応をしたりするには、関連する法律や企業としての配慮義務を理解しておく必要があります。
関連する主な法令や配慮義務には次のものがあります。
- 労働契約法
- 労働施策総合推進法
- 刑法
- 民法
労働契約法
労働契約法では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との規定があります(労働契約法5条)。
これに違反した場合、直ちに罰則の対象となるわけではありません。
ただし、たとえば企業がこの規定に反し、従業員が執拗なカスハラの被害に遭っているにもかかわらず、適切な対応をせず従業員が心身に不調をきたした場合は、従業員から企業に対する損害賠償請求がなされる可能性があります。
労働施策総合推進法
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(略称「労働施策総合推進法」)」は「パワハラ防止法」とも呼ばれている法律です。
この法律では「職場における優越的な関係を背景とした言動(パワハラ)」に対して事業主が講ずるべき措置などが定められています。
この法律を根拠として先ほど紹介した厚労省告示が制定され、これにより企業はカスハラに対しても相談に応じて適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取り組みを行うことが望ましい旨や、被害を防止するための取り組みを行うことが有効である旨が定められました。※3
刑法
カスハラの対応によっては、その言動を行った顧客等が刑法上の罪に問われる可能性があります。
カスハラが該当し得る刑法上の主な罪は次のとおりです。
- 傷害罪(刑法204条):人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する
- 暴行罪(同208条):暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する
- 脅迫罪(同222条):相手やその親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する
- 恐喝罪(同249条1項):人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
- 強要罪(223条):生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて人に義務のないことを行わせ又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
- 信用毀損及び業務妨害(同233条):虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する
- 威力業務妨害罪(同234条):威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条(233条)の例による
- 不退去罪(同130条):正当な理由がないのに人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する
カスハラは、刑法上の罪に該当することが少なくありません。
そのため、悪質な場合や従業員が身の危険を感じた場合には、ためらわずに通報するようにしてください。
民法
カスハラは、民法上の不法行為に該当する可能性があります。
従業員が心身に不調をきたしたり企業の営業に支障が生じたりした場合は、カスハラを行った顧客等に対し不法行為に基づく損害賠償責任ができる可能性があります。
カスハラを未然に防止するために企業ができること
カスハラを未然に防ぐため、企業はどのような対策をとればよいのでしょうか?
企業が講じるべき主な対策は次のとおりです。
- カスハラに関する企業の責任を理解する
- カスハラへの対応基準を明確にする
- 対応基準を現場と共有する
- 相談対応体制を整備する
- カスハラが起きにくい環境を整備する
カスハラに関する企業の責任を理解する
カスハラに対して適切に対応するには、企業がその責任を理解することが必要です。
企業によってはカスハラを軽視し、「顧客の要求を飲んでおいた方が利益が上がる」と考えることもあるかもしれません。
しかし、先ほど紹介した「労働契約法」にも規定のあるとおり、従業員をカスハラの被害から守ることは企業としての責務の1つです。
このことをよく理解することが、企業としてのカスハラ対策の第一歩となります。
カスハラへの対応基準を明確にする
企業が経済活動を営む以上、「お客様」や「お取引先様」には丁重に対応していることでしょう。
一方で、カスハラに該当する一線を越えた場合は、従業員や企業に対してハラスメントを行う人物として毅然とした対応をとる必要があります。
顧客等による要求が正当なクレームであるかカスハラであるかどうかについて、法令で明確な線引きがあるわけではありません。
そのため、土下座の強要や暴行などがカスハラであることが明らかである一方で、返品や交換の要求がどのラインを超えたらカスハラに該当するのかなどについては、企業が独自のスタンスを定めておかなければなりません。
そのため、企業は弁護士などカスハラに詳しい専門家に相談のうえ、自社としてのカスハラへの対応基準を明確にする必要があります。
対応基準を現場と共有する
カスハラの被害に遭うことが多いのは、顧客と直接接することの多い店舗スタッフや営業担当者などです。
そのため、カスハラへの対応基準を定めたら、これを現場スタッフと共有する必要があります。
上司などが代わりに対応する基準や警察へ通報する基準などを定めて周知しておくことで、いざカスハラが発生した際にスムーズに対応しやすくなります。
相談対応体制を整備する
先ほど紹介した厚労省告示において、企業はカスハラに関する相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備をすることが望ましいとされています。
カスハラの被害に遭った場合、その態様によっては従業員が上司などに相談しづらいかもしれません。
そのため、企業が相談窓口を設け適切に対応することが求められます。
なお、相談したことを理由として解雇するなど、その従業員にとって不利益となる取り扱いをすることは禁止されています。
カスハラが起きにくい環境を整備する
企業はカスハラに事後的に対処するのみならず、カスハラが起きにくい環境整備を検討する必要もあります。
たとえば、原則として顧客のもとへ従業員が1人で出向かないこととするなどの対応が検討できます。
企業がとるべきカスハラへの対応
カスハラの被害に遭ってしまったら、企業はどのように対応すべきでしょうか?
基本的な対応方法は次のとおりです。
- 従業員を守るため毅然と対応する
- 必要に応じて弁護士へ相談する
従業員を守るため毅然と対応する
カスハラの被害に遭った場合、企業がその顧客等に迎合することは避けるべきです。
企業が顧客等の要求を通してしまうと、次回以降もさらに要求がエスカレートするおそれがあるためです。
また、従業員の間で企業がカスハラから守ってくれないとの認識が広がり、従業員のエンゲージメントが低下したり退職者が増加したりするおそれもあります。
そのため、企業があらかじめ定めた一定の基準を顧客等の要求が超えた場合は、毅然と対応することが重要です。
必要に応じて弁護士へ相談する
カスハラをする顧客等の中には、自分の要求を通したり企業を貶めたりするためにさまざまな手段を講じる人もいます。
そのような場合に企業が単独で対応しようとすると、要求がエスカレートしたり1つの言動を切り取られて企業が不利な状況に陥ったりするリスクがあります。
そのため、企業のみで対応することが難しそうな場合は早期に弁護士へ相談し、弁護士に代理で交渉してもらうようにしてください。
弁護士から自分の要求が法的に通るものではないと告げられ、場合によっては法的措置がとられる可能性があるとわかった時点で態度が軟化する可能性が高いほか、不利な言動につけ込まれるリスクを最小限に抑えることが可能となります。
まとめ
カスハラが社会問題となっており、もはやどの企業にとっても他人事ではありません。
カスハラの被害に遭った場合に備え、企業はあらかじめ対応基準を検討し、現場と共有しておく必要があります。
カスハラの被害から従業員を守ることは、企業にとっての責務でもあるためです。
カスハラの中には自社での対応が難しいケースもあります。
その場合は、相手の要求がエスカレートする前に早期に弁護士へ連絡をとり、対応を代理してもらうようにしてください。
参考文献
記事監修者
伊藤 新
(第二東京弁護士会)第二東京弁護士会所属。大阪市立大学法学部卒業、大阪市立大学法科大学院法曹養成専攻修了(法務博士)。企業法務に注力し、スタートアップや新規事業の立ち上げにおいて法律上何が問題となりうるかの検証・法的アドバイスの提供など、企業のサポートに精力的に取り組む。また、労働問題(使用者側)も取り扱うほか、不動産法務を軸とした相続案件などにも強い意欲を有する。
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