「覆らない」はずの親権を、覆す。
——住み慣れた家と、
子どもの本心を守り抜いた離婚訴訟

離婚に伴う、親権の争い。長年、母親が子どもを育て、別居からは数年が過ぎていた。
客観的に見れば、父親側に親権が移る見込みは、限りなくゼロに近い——。
誰もがそう考えた事案で、井手上祐希弁護士は、あえて勝ち目の薄い一手に踏み込んだ。
離婚問題に注力するこの弁護士は、何を考え、どう闘ったのか。ひとつの解決事例から、その流儀をひもとく。
01勝ち目は、限りなくゼロに近かった
井手上祐希が、数ある分野のなかでも離婚・男女問題に力を注いできた弁護士であることは、所内でもよく知られている。論理や数字だけでは割り切れない、人の感情が深く絡む領域。だからこそ惹かれるのだ、と本人は言う。

井手上弁護士
「家事事件は、論理だけでは進みません。気持ちの部分に、どれだけ寄り添えるか。人の人生の、大事な場面に関わる仕事です。だからこそ、やりがいがあるんです」
もともと、この道を志していたわけではなかった。以前所属していた事務所でさまざまな案件を手がけるうち、家事事件に触れる機会が増え、いつしか「ほかの分野より、自分に向いているかもしれない」と感じるようになったという。論理を緻密に積み上げる企業法務とは違い、人の感情の機微が解決を大きく左右する。その一筋縄ではいかない部分に、井手上はむしろ強く惹かれた。
その井手上が「いまでも、はっきり覚えている」と振り返る事案がある。ある夫婦の、離婚をめぐる争いだった。
依頼者は、夫である父親。妻は長く専業主婦として子どもを育ててきたが、金銭トラブルをきっかけに、子どもを連れて家を出た。子どもはすでに小学校の高学年。自らの意思で、母親についていったという。父親は離婚を望んでいなかったが、やがて妻側から離婚調停を申し立てられる。話し合いは折り合わず、不成立に終わった。

井手上弁護士
「その後、向こうからは動きがなかったので、こちらから離婚訴訟を起こしました。親権はこちらが希望すると書きはしたものの、正直、厳しいだろうと思っていました」
無理もない。妻はずっと子どもを監護してきた専業主婦であり、別居からは数年が経っている。子ども自身も、母親のもとに残ることを望んでいた。父親に親権が認められる材料は、どこにも見当たらなかった。
それでも、この争いの中心にいるのは、ひとりの子どもである。父と母、どちらの側にも引き裂かれかねない幼い心を、どう守るのか。勝ち負けの計算だけでは割り切れないものが、この事案には横たわっていた。
風向きが変わったのは、訴訟が1年ほど続いた頃である。母親が抱えていた心の病が、次第に悪化していった。穏やかとは言いがたい連絡が井手上のもとにも届くようになり、やがて、子ども自身が危うい状況に置かれていることがわかってくる。

井手上弁護士
「お子さんの今の状況が心配でした。別居以降、面会交流もずっとできていなかった。見通しは厳しい。それでも、ひとまずお子さんを引き渡してほしいという審判を、申し立ててみよう、と」
勝てる見込みは、限りなくゼロに近い。負ければ費用倒れになり、依頼者の納得も得にくい。それでも井手上は、依頼者と相談を重ねたうえで、その一手に踏み込むことを決めた。弁護士にとっても、決して小さくない賭けである。だが、ここで動かなければ、子どもを守る道そのものが閉ざされてしまう。井手上が選んだのは、勝算ではなく、子どもの未来だった。

井手上弁護士
「客観的に見れば、まず動かない状況です。裁判所も当初は、調査に乗り気ではありませんでした。その先入観を変えて、本当に大変な状況なんだと伝えていく。そこは、ずいぶん苦労しました」
井手上が選んだのは、ひたすら証拠を積み上げることだった。裁判所から指示されなくても、母親から届く不可解な連絡を、その都度、証拠として提出し続ける。

井手上弁護士
「ひとつひとつは、大したものではないんです。でも、積もり積もれば力になる。小さなものでも、とにかく数を出し尽くす。しつこいくらいに提出して、裁判所にきちんと、前向きに調査してもらえるように」
ただ、証拠を出せばよいというものでもない。井手上が同時に心を砕いたのは、その一枚一枚が何を意味するのかを、裁判官に正確に届けることだった

井手上弁護士
「裁判官も、何百件と案件を抱えています。忙しいなかで、こちらの主張と証拠がどう結びつくのか、ひと目でわかるように示す。そこを意識しないと、伝わるものも伝わりませんから」
その執念が、固く閉ざされた扉をこじ開ける。ようやく重い腰を上げた裁判所の調査で、子どもの本心が、はじめて言葉になった。

井手上弁護士
「このままでは生活できない。だから、お父さんのところへ行きたい——。お子さんの口から、そういう意向が、しっかりと出てきたんです」
客観的な状況だけを見れば、決して認められないはずだった親権が、にわかに現実味を帯びはじめた。
02「離婚するけれど、もう一度、三人で」
話はそれで終わらなかった。子どもには、もうひとつの強い願いがあった。

井手上弁護士
「お父さん側に親権を、という方向にはなりました。ただ、お子さんには、いま住んでいる家を離れたくないという気持ちがとても強かった。お母さんへの情も、もちろんあります。決して、母親を嫌いになったわけではないんです」
ずっと面倒を見てきたのは母親だった。しかし、病のためいまは手が回らない。子どもはすべてを理解したうえでなお、母を慕っていた。親権を父に移し、住み慣れた家から引き離すことが、本当にこの子のためになるのか。井手上は、考え抜いた末に、ひとつの異例の提案を口にする。

井手上弁護士
「離婚はします。でも、お父さんがいったん自宅に戻って、しばらくは三人で暮らす。お母さんの手も借りながら、生活はお父さんがしっかり支える。そして、卒業や進学のタイミングで、正式に家を出る——そういう形で、和解できないかと考えました」
離婚するのに、同居する。聞き慣れない解決の形である。

井手上弁護士
「滅多にないケースです。私自身、後にも先にもこの一件だけ。一般的には、まず考えられない条件だと思います。それでも、お子さんの意向を最大限に汲んで、何ができるかを考えると、これしかなかった」
とはいえ、最初から同居ありきで押し切ったわけではない。父親が子どもを引き取って一人で育てるプランと、もう一度三人で暮らすプラン。井手上は、その両方を並べて示しながら、子どもにとっての最善はどちらかを、相手方とも、裁判所とも擦り合わせていった。
もっとも、絵に描いた理想を並べるだけでは、和解はまとまらない。同居を続けるハードルは、決して低くなかった。井手上は、条件を一つひとつ、丁寧に詰めていく。通院が滞りがちだった母親に、きちんと治療を受けてもらうこと。金銭の管理は父親側が担い、本来は一括で支払う財産分与を、毎月の生活費のような形に組み替えること。そして、この暮らしをいつまで続け、いつ解消するのか、その期限まで明確に取り決めること。相手方の代理人とも、裁判所とも、粘り強く協議を重ねた。
離婚を成立させながら、当面は家族の形を保つ。相反するものを両立させるその設計は、どこかをわずかでも誤れば、たちまち崩れてしまう。井手上は、綱渡りのような調整を、一つずつ慎重に積み上げていった。

井手上弁護士
「お子さんにとって、何がベストなのか。それを、ずっと考え続けました。引き取って父親が一人で育てるより、もう一度三人で暮らしたほうがいいんじゃないか。そのプランと、父親が引き取るプラン。両方を示しながら、最終的に同居の方向で調整できたんです」
数年に及んだ争いが、ようやく着地する。家を出てから、2年、3年。解決を見たとき、あの小学生は、中学生になっていた。淡々とした人柄だった依頼者の父親は、井手上にこう告げたという。

井手上弁護士
「よかった、と。派手に喜ぶ方ではありませんでしたが、納得してくださって。その後も、何度か連絡をいただきました」
守られたのは、親権という言葉の上の勝敗だけではない。住み慣れた家、母と過ごす時間、そして「どちらの親も失わずにすむ」という、子どもにとってのささやかな安心だった。
勝ち目のない闘いに挑む決断。そして、前例のない和解を編み出す発想。そのどちらの根にもあったのは、目の前の子どもの気持ちを、最後まで手放さなかったことだ。

井手上弁護士
「まずは、依頼者の話を否定せずに受け止める。そのうえで、法的な説明をする。打ち合わせが長くなっても、途中で切り上げないようにしています。気持ちに寄り添うことが、この分野では何より大事ですから」
離婚カウンセラーの資格も持つ井手上は、依頼者が望めば、関係の修復に向けて相談に応じることもあるという。争わせることだけが、弁護士の役割ではない。どんな結末がその人にとっての幸せなのかを、依頼者の気持ちの側から考え抜く。
依頼者の感情を、解決の中心に据える。それは奇しくも、井手上が身を置くAuthense法律事務所が掲げるスローガン「Focus on Emotions(人の気持ちに、フォーカスする。)」と、深く響き合う。企業法務から家事事件まで、あらゆる分野の弁護士が集う総合法律事務所で、井手上祐希は今日も、人の気持ちにフォーカスし続けている。
担当弁護士Attorney-at-law

井手上 祐希Yuki Ideue
弁護士 / 企業法務・一般民事
第二東京弁護士会所属。早稲田大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学法科大学院法学研究科修了。一般民事、特に離婚事件に関する解決実績を数多く有する。離婚カウンセラーの資格を取得しており、法律的な問題を解決するのみならず、常に依頼者の方の心情に配慮し、不安や悩みに寄り添う対応を心掛けている。