Case03
刑事

言葉の通じない被告人席に、
ひとりの少女がいた

——はじめての裁判員裁判で、
1人の弁護士が尽くしたこと

Intro
Intro

企業法務から離婚、不動産、そして刑事事件まで——。
嶋田葉月弁護士が手がけてきた案件は、驚くほど幅広い。なかでも、いまなお鮮やかに覚えている一件がある。
初めての裁判員裁判である。被告人は、海を越えて覚醒剤を運んだ、まだあどけなさの残る少女だった。
逆転も、無罪もない。それでも全力を注いだその経験は、嶋田の弁護士としての礎のひとつとなった。

01

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言葉も常識も通じない、裁判員裁判の法廷

弁護士になった当初、Authense法律事務所に女性弁護士が数えるほどしかいなかった頃には、女性の依頼者が望む離婚・男女問題を一手に引き受けた。その一方で、刑事弁護にも具体的な事件や委員会を通じて関わり続け、いまでは刑事弁護委員会の副委員長を務める。新宿オフィスでは、Authense法律事務所の女性弁護士として初めて、支店長にも抜擢された。

嶋田弁護士

「やろうと思えば、何でもやらせてくれる事務所ですから」

その言葉に、誇張はない。駆け出しの頃は、昼夜問わず飛び込んでくる相談を片端から引き受け、離婚や男女問題に明け暮れた時期もあれば、不動産会社の顧問を任された時期もある。昨今では、Authense法律事務所が提供する法務機能外注サービス「法務クラウド」の大型クライアントを複数抱えるようになり、企業法務の最前線にも立つ。畑違いの案件を、垣根なく行き来してきた弁護士である。

そんな嶋田が忘れられないと語る一件がある。初めての裁判員裁判だ。

当番弁護で初めて接見したとき、目の前にいたのは海外から大量の覚醒剤を運び込んだ、まだ10代の、しかも外国人の少女だった。逮捕されたのは、19歳。少年事件として始まったものの、結果的に検察官送致の後、起訴され、裁判員裁判となった。嶋田は、刑事弁護のスペシャリストである弁護士とともに、二人で担当することになった。

嶋田弁護士

「なぜ、こんな普通の女の子が、と思いました。大それた覚悟があったわけでもなく、お金欲しさに、深く考えないままやってしまった。そういう子だったんです」

通常であれば、裁判員裁判を見据えて黙秘を貫かせるのが定石とされる。

嶋田弁護士

「黙秘させるべきか、本当に悩みました。でも、自分のしたことから逃げずに話したいという彼女の気持ちを、私は尊重したかった。弁護士として、それが正しい判断だと思ったんです。」

少年鑑別所では、生い立ちから事件の経緯まで、家庭裁判所調査官に包み隠さず話した。
ただ、振り返れば、それは諸刃の剣でもあった。供述調書には、余罪や計画性など、少女にとって不利な記載が積み重なっていた。捜査段階での供述が、後の裁判員裁判における被告人質問の方針を考える際に、重くのしかかることになったのだ。

運んだ量も、自分が運んでいるものが覚醒剤であることを承知していたことも、動かしがたい事実だった。実刑は、避けられない。争点は、情状——少女の事情を、裁判所や裁判員に正しく届けること——。重い前提を背負っての出発だった。

逆転を狙う弁護ではない。勝ち負けという物差しでは測れない仕事だった。それでも、目の前の少女にとって、刑期の数年の差は、人生の重みそのものである。嶋田は、できることのすべてを尽くそうと決めた。

壁は、いくつもあった。ひとつは言葉である。少女は日本語を話せず、意思疎通は通訳を介してのみ。AIを使った手軽な翻訳サービスもない時代で、伝えたいことがあれば、通訳を伴って会いに行くしかない。しかも、その通訳には、少々癖があった。

嶋田弁護士

「この件に限らず、通訳事件だと、通訳が介在していることも影響して、被告人質問で、こちらが聞いたこととずれた答えが返ってくることがあるんです。この件でも、言いたいことがなかなか伝わらず苦戦した記憶があります。」

言葉だけではない。育った国が違えば、ものの感じ方も、常識も食い違う。質問しても、思った通りの答えが返ってこないことは、一度や二度ではなかった。打ち合わせを重ね、練習を尽くしてなお、法廷で想定外の発言をしてしまう。その難しさが、常に足もとに横たわっていた。

もうひとつの壁は、裁判員裁判という、特別な舞台そのものだった。書面を淡々と読み上げることの多い通常の刑事裁判とは、勝手がまるで違う。

嶋田弁護士

「裁判員の方々に、訴えかけないといけないんです。原稿を見ずに覚えて、その人の方を向いて、きちんと話す。立ち位置や、目線の向け方まで、やり方がまったく違いました」

共同で担当した弁護士の指導を受けながら、嶋田は練習を重ねた。自宅の風呂のなかでさえ、覚えた原稿を声に出してさらったという。そのとき受けた一言を、嶋田はいまも忘れていない。

嶋田弁護士

「『人に話す文章なのに、一文が長すぎる』と直されたんです。読む分には自然でも、話すとなると長い。それから、裁判員裁判では特に、一フレーズを一文にすることを、ずっと心がけています」

話す言葉は、短く。たった一度の指摘が、その後の嶋田の話し方を、そして書き方を変えた。法廷でも、打ち合わせでも、相手にまっすぐ届く言葉を選ぶ。その習慣の出発点は、この初めての事件にあった。

02

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海を越えて来た母、そして「あなたと出会えて」

その裁判にはもうひとり、海を越えてやってきた人物がいた。少女の母親である。

海外に暮らす家族が、情状証人としてわざわざ来日することは、あまりない。書面のやり取りだけで済ませることも少なくないなかで、決して裕福ではないその母は、お金を工面し、はるばる日本の法廷へと足を運んだ。

嶋田弁護士

「お母さんとは、慣れない英語で、メッセージアプリを使ってやり取りしました。生い立ちや、帰ってきたらきちんと受け入れて監督しますという話を、法廷でしてもらったんです。そこは、力を入れたところですね」

海の向こうの家族が法廷での証言のために来日するだけでも一苦労だ。それでも嶋田は、母に証言台に立ってもらいたかった。娘の人生を、いちばん近くで見てきた人の言葉に勝るものはない。そう信じたからだ。

久しぶりに娘と向き合った母は、ひどく緊張し、神妙な面持ちで証言台に立った。その光景を、嶋田は静かに見守った。慣れない異国の法廷で、娘のためだけに言葉を絞り出す母の姿には、理屈を超えて人の胸に触れるものがあった。

皮肉なことに、通訳がうまく機能しなかったことが、思わぬ形で味方した場面もあった。検察官の問いにも、被告人の答えはかみ合わない。やがて検察官は、途中で切り上げるように尋問を終えた。引き出されかけていた不利な証言は、結局、表に出てこなかった。

理屈だけでは、人の心は動かない。市民が裁き手となる法廷ではなおさらだ。事実を、相手の胸に届く言葉に変えて手渡す。その難しさと大切さを、嶋田はこの一件で骨身に刻んだ。

判決は長い年月の実刑。劇的な逆転があったわけではない。少女は受け入れ、控訴もしなかった。被害者のいる事件でもなく、声高に何かを叫ぶ種類の弁護でもない。それでも——。

嶋田弁護士

「初めての裁判員裁判だったので、取り組む熱量は、とても高かったんです。リハーサルをして、お風呂で練習して。大変だったなという記憶が、いちばん強く残っています」

その全力は、無駄にはならなかった。のちに、よく似た事件を別の若手弁護士とともに担当したとき、今度は嶋田が経験を伝える側に回った。ひとつの「懸命」が、次代へと受け継がれていく。

嶋田弁護士

「初めての裁判員かつ通訳事件。大変なことばかりでしたけど、やったからこそ、次に活かせた。そういう積み重ねだと思います」

華々しい勝訴でも、世間を騒がせた大事件でもない。それでも、誰かのために本気で力を尽くした記憶は、弁護士の芯となって、その後の歩みを静かに支えていく。

嶋田が、どの案件でも変わらず心がけていることがある。依頼者から連絡が来たら、時間を空けずに返すことだ。

嶋田弁護士

「すぐに答えられないときでも、『いつまでにお返事します』とだけは伝えておく。返事がないと、本当に見てくれているのかな、と不安になりますよね。ただでさえ、何かを抱えて相談に来ているわけですから」

そして、気の重い連絡ほど、真っ先に片づける。修習時代の教官からの教えだという。依頼者の不安に、自分が新たな不安を上乗せしない。その小さな積み重ねが、やがて信頼に変わっていく。誰にでもできる小さなことを、誰よりも丁寧に続ける。それが、嶋田の流儀だ。

弁護士への報酬は、結果だけではない。何年も経ってから、かつて担当した少年事件の母親が、ふと連絡をくれることがある。あの少年が結婚し、子どもが生まれました——。そう言って、家族の写真が届く。離婚事件の依頼者から、再婚と新しい暮らしの報告が舞い込むこともある。ふとした瞬間に、ふとした人から、便りが届く。その一通一通が、地道な日々への、確かな返礼になる。

嶋田弁護士

「結果はあまり変わらなかったとしても、『あなたと出会えて、納得のいく主張ができた』と言ってもらえたとき。やっぱり、嬉しいですよね」

企業法務から、刑事の法廷まで。垣根なく挑める環境が、こうした一つひとつの経験を後押ししてきた。どんなに不利でも、最後まで諦めずに闘い抜き、論理だけでなく、人の気持ちに目を向ける。それは、嶋田葉月という弁護士が積み重ねてきたものであり、Authense法律事務所が掲げるスローガン「Focus on Emotions(人の気持ちに、フォーカスする。)」と、まっすぐに重なっている。

担当弁護士Attorney-at-law

嶋田 葉月Hazuki Shimada

弁護士 / 企業法務

中央大学法学部法律学科卒業、中央大学法科大学院法務研究科修了。企業法務に注力し、IT企業や飲食業、保育事業、全国展開の大手小売業など、幅広い業種で顧問弁護士や契約実務担当者としての経験を有する。 離婚問題や不動産といった案件についても多数の解決実績があり、訴訟対応の経験も豊富。事業成長を長期的な視点で捉え、紛争リスクを最小限に抑える法務サービスを提供する。