リーガルエッセイ
公開 2026.02.18

消えたトイレットペーパー事件

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記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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消えたトイレットペーパー

朝にはあったのです。
それが、昼過ぎにはなくなっていた。

私にとって毎月のひそかな楽しみが、古新聞を出したときに、回収業者さんが古新聞と引き換えにくださるトイレットペーパー。
1か月間たまった古新聞が自宅からすっきりなくなるのと同時にトイレットペーパーをいただけるという幸せ。
その私のささやかな幸せがぶち壊されたのです。

先日、いつものように、回収日の早朝、その日までにたまった古新聞をきれいにまとめ、業者さんから指定された紙をその上に貼り付けた状態で指定の場所に置いておきました。
貼り付けた紙には、部屋番号を記載しておくことになっています。

回収にきた業者さんが、古新聞を回収するのと同時に、私が貼り付けておいた紙をはがし、トイレットペーパーの上に貼り付けて、古新聞を出しておいた場所に置いておいてくださるというルール。
私は、その日、午前中に出かける用事があったので、家を出たところ、すでに、私が出した古新聞は回収されており、代わりに、その場所に、私が古新聞に貼り付けておいた紙が貼りつけられたトイレットペーパーが置かれていました。

毎月のことですがうれしくなっていったん手にとったものの、小さなバッグしかもっていなかったため、トイレットペーパーをもった状態で出かけるわけにもいかず、やむなく、帰宅時にトイレットペーパーを回収することにしました。
一緒にいた子どもからは、「まだちょっと時間あるから、ママ、いったんトイレットペーパーを家に置いてきたら?気になるんじゃない?」と言われました。
でも、さすがに、トイレットペーパーひとつ家に置くためだけに、また部屋に戻るのも面倒なと思ってしまったのです。
というのも、私は、信じがたいほどの心配症なので、家を出るにあたり、人一倍時間と労力を要するからです。
もし、ここで一度家に戻るとなると、家を出るときに、私は
「果たして私は鍵を閉めたかしら?」
「電気をつけっぱなしになどしていなかったかしら?」
などと果てしない不安が押し寄せてきて、それらを何度も確認する羽目になる。
それを考えるとちょっと面倒だなと思い、そのままトイレットペーパーを置いて目的地に行くことにしたのです。
せいぜい1,2時間のこと。
そう思って、トイレットペーパーを置いたまま出かけたのですが、お昼ごろに自宅に戻ってきたら、あるべき場所にトイレットペーパーがなくなっていました。

そこら中探したのですがどこにもありませんでした。
あわててしまって、回収業者さんに連絡したのですが、回収業者さんに連絡がついた瞬間、朝の時点では私の家の番号が書いてあるトイレットペーパーがちゃんと置かれていたことを思い出し、回収業者さんは、たしかにトイレットペーパーをそこに置いてくださっていたのだから、回収業者さんに連絡しても仕方ないことに気付いてしまいました。
回収業者さんに、「ごめんなさい。今あわててお電話しちゃったのですけど、そういえば、ちゃんと私の分のトイレットペーパーは置かれていたのは確認しているので、業者さんにお電話しても仕方なかったですね。お忙しいところごめんなさい。」と言いました。
すると、回収業者さんが「いえいえ。まあ、窃盗事件ですよ。お客さんのトイレットペーパーをとった人は、窃盗罪という犯罪にあたるんです。警察に被害届を出すという方法がありますよ。よかったら、警察に相談して『被害届を出したいです』とおっしゃってみたらどうでしょうか」とご親切におっしゃてくれました。
もしかしたら、「トイレットペーパーひとつで大騒ぎするな」という気持ちから、ちょっと皮肉っぽい意図でそんなことをおっしゃった可能性も大。
業者さんとの電話を終えて、子どもに顛末を報告しました。
子どもは、「まさか被害届出す気?そんなの犯罪って言えるの?」と言いました。

失意の中、私は、子どもに対し、まぎれもない窃盗罪の成立を主張しました。
置かれていたトイレットペーパーが、仮に、私の占有を離れていたと評価され得る状態、つまり、落とし物のように見られても仕方ない状態であれば、窃盗罪は成立しない。
でも、トイレットペーパーが置かれていた場所は、回収業者さんが古新聞と引き換えにトイレットペーパーを置いておいてくれる建物の敷地内の場所であって、回収業者さんがだれに宛てて置いたトイレットペーパーであるかということは、そこに貼り付けられてある紙に部屋番号が書いてある以上明白。
にもかかわらず、それをもっていってしまう行為は、明らかに窃盗罪に該当する。
そんなことを主張しながら、またメラメラと怒りが湧いてきました。

夜ご飯を食べていたとき、私が、子どもに「それにしても、あのトイレットペーパーの話だけどさ」と言ったところ、子どもから、「もしかして、ママ、今までずっとトイレットペーパーのこと考えていたの?そんなにトイレットペーパーが欲しかったの?」と驚かれました。
私も、そう指摘されて、ふと、消えたトイレットペーパー事件がこんなにも私の頭を占拠しているのはなぜなんだろうと不思議に思いました。
わが家にはトイレットペーパーの在庫は十分にある。
そもそも、購入したトイレットペーパーではないのだし、「損した」みたいな気持ちは全くなかったのです。
それなのに、なぜ?
そうだ。
私は、自分の居住空間の平穏に対する信頼が崩れたように感じてそのことに怒りや不安を感じたのではないか。
私が、朝出かけるとき、「まあ、帰ってきたときに回収すればいいか」と判断したその背景には、「だって、このあたりに住んでいる人でトイレットペーパーをとるような人がいるわけないし、通りすがりの人だって、わざわざこのトイレットペーパーをとるために敷地内に侵入してくるなんてこともしないでしょう」という思いがあったのです。
なのに、その信頼がいとも簡単に裏切られたように感じたことに感情が動いたのではないかと思い至りました。

さらに厄介なのは、犯人像を全力で妄想してしまう自分。
そして、その過程で、ふと浮かんできた「犯人は現場に戻る」という言葉が妄想をさらに過激化させます。
子どものころ、なにかの本で読んだ言葉なのですが、その趣旨について「犯人は、自分がやり遂げたことへの達成感を確認するため、または、捜査状況等探るため、必ず現場に戻るものである」などと書かれていた。
また、今回まんまとトイレットペーパー窃取をやり遂げたことで成功体験を積んだ犯人は味をしめ、「来月もものにしようかな。古新聞を出したあの間抜けな住人(私のこと)は、どうせ盗まれたことも気付かずにのほほんと生活してるだろ」などと再犯を企んでいるかもしれない。
そうすると、来月の回収日あたりに犯人が現場に戻ってきて、大胆にも、再犯に及ぶ可能性が極めて高いといえるのではないか。

今回の事件を通じて私の感情を動かしたのは、「損した」という思いでなく、私の大事な居住環境がもつ治安への信頼が大きく削られたこと、さらには、かつて捜査・公判活動を通じて窃盗罪等犯罪に真摯に向き合ってきた私のトイレットペーパーを平然と盗んだ犯人への「なめやがって」という荒々しい怒りだったような気がしてきました。

そんなことを考えて怒りエネルギーでいっぱいになっていた私に、子どもが「でもさ、あのトイレットペーパーがだれかの役に立ったなら、それもよし、じゃない?」と言いました。
間違いない。
少しだけ力が抜けた気がしました。
今回は、私との関係ではあくまでも初犯。
今回は天使の一声に免じて、いったんおとがめなしでいこうと思っています。

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