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聴くことの難しさ
わが子と話していたときのこと。
子どもが、学校での出来事を話していたとき、「それでね、なんて言ったらいいのか、ええとね、うーん」などと言って、ちょっともごもごした瞬間があったのです。
私は、少し待ってみて、「それってこういうこと?」と尋ねたところ、子どもが「…まあ、そんな感じ」と答えたのです。
その瞬間、「あ、またやってしまった」とはっとしました。
話をしている相手が、言葉を探して少し黙る瞬間ってありませんか?
そのとき、私の中には、相手が困って苦しんでいるように見え、「助け舟を出さねば」という衝動が生まれます。
「相手を楽にしてあげたい」とか、もしかしたら、「私は、あなたが言いたいこと、わかっているよと伝えて安心させたい」とかそういう思いが背後にあるような気がします。
結果、「つまり、〇〇ってこと?」と聴いてしまうのです。
でも、これをやってしまった後、いつも後悔でいっぱいになります。
相手は、たいてい、「そうそう。そういうこと」と言ってくれるのです。
でも、果たしてそうなのか?
もしかしたら、相手自身も、つい、救われたような気持ちになり、こちらの差し出した言葉に乗っかったけれど、実際には、本人も自覚できていないところで微妙にずれていたのかもしれず。
そのずれが修正されないままに話が進んだとき、相手が全然意図しないところに着地してしまうこともあるように思います。
相手が、自分が言いたかったことと、こちらが差し出した〇〇とのずれを感じたとき、相手に、「この人には、話してもいまいち伝わらない」という静かな諦めの気持ちをもたせてしまうことになりそうです。
さらに、「この人は、私との話を早く切り上げたかったのだろうな。こちらがもごもごしていたことで、イライラさせてしまったかな」などとも思わせてしまうかもしれない。
人は、言葉を探しながら、同時に自分の気持ちや考え方を発見しようとしていることがあると思うのです。
まだ輪郭のはっきりしない何かを、言葉という形にしようとしている。
その作業過程で他人がそこに割り込んでしまうことで、相手が、本当に何を言いたかったのかを正確に把握する機会を奪ってしまうことにもなりそうです。
だから、私は、子どもが「うーん」と言葉を探していたときに、その邪魔をしてはいけなかった。
「時間がかかってもいいよ。待つよ」というメッセージを黙って出す必要があったのだと、本当にいつものことながら思ったのでした。
そう、聴くという話で言うと、ほかにもやりがちな失敗があります。
相手が悩みを打ち明けてくれたとき、「私も同じような経験があるんだけどね」と切り出すあれ。
共感しているようで、しかしよく考えると、同じ経験なんてものは存在しないわけで。
置かれた環境も、人との関係性の作り方も、その人が背負っているものも、とにかくすべてが違う。
それ以上に問題なのは、「私も同じ経験があるんだけどね」をやりだした瞬間、私の矢印は、相手ではなくて、自分自身の過去の記憶に向いてしまっていること。
話し手は、それを敏感に察知して、「この人、私を見ていないな」という失望が静かに胸の中に広がっていくのだと思うのです。
沈黙を埋めようとしない。
相手の言葉を先取りしようとしない。
自分に矢印を向けない。
ただ、相手の話をまるごと受け取る。
そんな単純なことがときどき私はできなくなってしまうように思います。
弁護士としてお客様の話を聴くときもそう。
お客様の問題がしっかり解決されるためには、お客様が、ご自身の問題をまずは正確に語り切れる場を作る必要があるのだと思います。
改めて、人の話を聴く姿勢を正したいと思いました。
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