リーガルエッセイ
公開 2026.06.17

「音ハラ」について

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記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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音と想像力 ― 「音ハラ」を考える

最近、「音ハラ」という言葉を目にしました。
ため息、舌打ち、強く叩くキーボードの音、カチカチ鳴らすボールペンの音。職場でそうした音に悩まされ、「集中できない」「毎日ストレスだ」と感じている人は少なくないそうです。

まず、法的にはどう整理できるのか、少し考えてみたいと思います。
たとえば、隣の席の人が毎日のように大きなため息をつき、舌打ちをし、机を叩いていたとします。同じ音を耳にしても、その受け止め方は人によってさまざまです。まったく気にならない人もいれば、「もしかして自分に対して腹を立てていて、それをわからせようとしているのではないか」と感じてびくびくしてしまう人もいる。怖さは感じないものの、無神経だと腹を立てる人もいれば、ただただ業務に集中できず困ってしまうという人もいるでしょう。
では、そのような苦痛を被ったとして、音を立てている人に対して慰謝料を請求できるのか。
結論からいえば、ハードルはかなり高いと思われます。民事上、慰謝料が認められるためには、その行為が、社会通念上受け忍ぶべき限度を超えるものとして違法と評価できる必要があります。単に不快であったというだけでは足りません。音の種類や大きさ、頻度、継続期間、行為者の態様や意図、受け手側の事情など、さまざまな要素を総合して判断されることになり、個別事情によるとはいえ、容易に違法とまで言えるケースはそう多くはないでしょう。
では刑事はどうか。これも、多くの場合は難しいと思われます。ため息やタイピング音そのもので犯罪が成立すると考えるのは無理があります。執拗な嫌がらせとして繰り返され、害悪の告知に等しいと評価できるような特別な事情があれば、別途検討の余地が出てくるかもしれませんが、通常の職場の場面で具体的に思い浮かべるのは難しいところです。
そうすると、実務上は「犯罪になるかどうか」よりも、「職場としてどう対応するか」のほうが、まず検討できる現実的な解決策になるのかもしれません。
使用者は、労働契約に基づき、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務を負っています(労働契約法5条)。もちろん、誰かがため息をつくたびに会社が介入しなければならないわけではありません。けれども、複数の従業員から継続的に苦情が寄せられているとか、特定の従業員が明らかに体調を崩しているといった事情があるにもかかわらず、会社がまったく動かないというのであれば、話は変わってきます。
座席配置を見直す。静音キーボードを導入する。イヤホンの使用を認める。フリーアドレス化を検討する。あるいは全体研修で注意を促す。少し考えただけでも、できることはいくつもあります。
もっとも、この「音ハラ」という問題、私としては、職場の環境調整という話だけにとどめず、もう少し違う角度からも考えてみたいなと思いました。
というのも、私自身、人の発する音にかなり敏感に反応してしまうところがあるからです。
昔、司法試験の勉強をしていたころ、一時期、受験予備校の自習室に通っていたことがありました。けれど、すぐにやめて自宅学習に切り替えてしまいました。とにかく周囲の音が気になって仕方がなかったのです。足をガタガタ揺らす音、咳払い、鼻をすする音、すさまじい筆圧で文字を書く音、鼻息、口呼吸、本のページをめくる音。今思えば、当時の私はかなり神経過敏になっていたのだと思います。気になるたびに舌打ちをし、音のする方をにらみつけていたのですから、むしろ私のほうが加害側だったのかもしれません。
ところが、その後、検察庁や法律事務所で多くの方と席を並べて働いていたとき、周囲の音が気になったり、誰かの音を嫌がらせのように受け止めて不安になったりした経験は、記憶にありません。
では、私自身が変わったのかというと、そういうわけでもなさそうです。今でも電車に乗っていれば、周囲の人の発する音には相変わらず過敏に反応してしまう、未熟な自分がいます。
そう考えると、私にとっては、その音を発しているのが「誰か」ということが、受け止め方に大きく影響しているのかもしれません。
職場の仲間のことを、私は、まったく一方的な話ではあるのですが、共に生きる家族のように感じていて、一人一人を大切な存在だと思っています。その人たちが立てているであろう音は、自分にとってネガティブな響きとしては耳に入ってこない。一方、そうした存在とはいえない、見知らぬ人の立てる音は、ときに耳障りなものとして入り込んでくる。うまく言語化できないのですが、その音が発せられた背景や状況といったものまで含めて、自分の中で一つの意味を帯びてくるような感じがあるのです。
これは私だけの感覚かもしれず、一般化できる話ではないのだと思います。それでも、私のような人間にとっては、自分の側の認知を少し書き換えてみることが、ひとつの手がかりになるのかもしれません。たまたま居合わせた見知らぬ人を、ただの「知らない人」と捉えるのではなく、「ご縁があって今この場に居合わせた方。いつかどこかでまたお会いして、親しくなることもあるかもしれない方。私は知らないけれど、この方を大切に思っているご家族やご友人がきっといらっしゃる方」と捉え直してみる。そうすると、そこから発せられる音への感じ方も、少し変わってくる気がするのです。

そんなふうに考えてみると、「音ハラ」という問題があるのだとしても、想像力をひとつ挟むことで、ほんの少しだけ景色が変わってくるのかもしれません。
大きなため息をついている人は、自分の中に抱え込みきれないほどの深刻な事情を抱えているのかもしれない。強くキーボードを叩く人は、ふだん怒りの感情を表に出すのが苦手で、唯一の発散手段として叩いているのかもしれないし、単なる癖なのかもしれない。そして、自分自身もまた、気付かないうちに何かしらの音を発して、誰かの集中を妨げているのかもしれない。
法律には、出番のある場面があります。けれども、その手前の段階で解きほぐせるなら、それに越したことはありません。
もちろん、これは「不快に感じる側だけが受け止め方を変えればよい」という話ではありません。音を発する側もまた、自分の出している音が周囲にどう届いているかに、ときどき立ち止まって思いを向けてみる。受け止める側と発する側、その双方の小さな心配りが重なって、はじめて景色は少し穏やかになるのだろうと思います。
そもそも、受け止める側と発する側というように、二極化できるものではなく、だれもがそのいずれの立場になるという当たり前のことを認識する必要もありますよね。
自分の出している音は、周囲にどう聞こえているのだろうか。自分が不快に感じている音について、自分の捉え方を少し変えることはできないだろうか。そうした視点を一度挟むだけでも、もしかすると、少しだけ楽になる場面があるのかもしれません。

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