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思いがけないトラブルに直面
少し前になりますが、先日、災害に見舞われ、自宅が水の被害に遭いました。
私は、外でどんなに大変なことがあっても、一歩自宅に足を踏み入れると、「ああ、帰ってきた」という思いがすべての疲れを癒してくれて、安心感でいっぱいになります。そんな安心感で包まれながら穏やかな日常を送れるように、毎朝、家じゅうを掃除して整えることが私の大事な習慣。
住まいは、私自身の気持ちの安定にとてもとても大事なものなので、住まいを快適に整えることにはかなり神経を遣ってきました。
その日は、早朝から子どもの大事なイベントがあって、やっとの思いで帰宅した22時ころには私も子どもも心身ともにへとへとになっていました。
いつものように、大きく深呼吸しながら自宅に一歩入ったのですが、なんだかいつもと違うのです。
詳しくは書きませんが、すぐに、自宅が水の被害に遭ったことがわかりました。
1日食事をとる時間もなく疲れ果てていた体でしたが、座る間もなく、今何をすべきなのか考えて、バケツと家じゅうのタオルをかき集めてきて対応にあたりました。
子どもは、疲れと驚きと絶望とでぐったりしてしまい、その場に座り込んでしまっていました。
私は、「こんなのなんてことないわ。」とか「こんな目に遭ったことで、もし、同じような目に遭ったかたから相談いただいたら、今私が感じたこと、やっていくことが全部どなたかの役に立つわけだわ。」とか、「今、夜だから、あれこれ不安になるけど、あと何時間かしたら明るくなって朝になって、そうしたら、助けてくれる人たちにも連絡できるし、なんとかなるわよ」とか、変に明るく、大きく、元気な声で言いながら床を拭いてみたり、緊急連絡先に電話してみたり。
そんなことをしていたら、子どもが、「ママ、本当はものすごく悲しいでしょう。つらいでしょう。ママ、このおうち大好きなんだから。こんなときくらい、元気なふりしなくていいんだよ」と言ってくれました。
その言葉に涙があふれそうになりながらも、ここで踏ん張らないとすべてが崩れてしまいそうだったので、「ありがとう。でも、本当に本当にへっちゃらで、なんとも思っていないのよ!」と伝え、全力のへっちゃら顔をして見せたつもり。
そんなことをしながら、やっとのことでその日を乗り越えました。
長い夜でしたが、夜も明けて、会社の営業時間になると、各所に電話することができるようになり、対応を依頼することができるようになりました。
その後、今日に至るまで、いろいろなことがあり、その都度思うことがありました。
被害に遭った立場としては、とにかく、細かいことはどうでもいいから、直ちに、元通りの生活ができるようにしてほしいという一心であること。
とはいえ、その修繕等に着手するには、その災害は、どこに原因があったのかということを綿密に調べる必要があって、その原因の調査が的確になされない以上、的確な修繕もできないわけで、しかも、だれがその費用負担をすべきかの判断もできないわけで、したがって、修繕等に着手できるようになるにはそれなりに時間を要すること。
それを踏まえ、「頭ではそんなことわかってるのよ。でも、なんでそんな悠長な話に付き合っていなくちゃいけないのよ。」という感情が湧いてきてしまうこと。
3日、4日と連絡がない日が続くと、「今、どういう状況なの?こちらが確認した事項について、結論が出ていないにしても、少なくとも、現状どのような検討状況なのか、いつごろ最終結論が出る見込みなのか、なぜこちらから確認を入れる前にこまめな連絡を入れてくれないの?」という不満が湧き上がってくること。
居室内調査のために、複数の方たちが自宅にあがり、居室内をくまなく見て回ることに、やむを得ないのだということはわかっていながらも、言いようのない不安や不満が湧き上がってくること。
調査状況の説明会にて、複数の住民に配られた資料に、各居室内の被害状況に関する写真が添付されているのを見て、自分の部屋の写真が、当たり前のように他の居室の方たちに共有されたり、逆に他のお部屋の写真が、自分に共有されたりすることで感じる強烈な違和感を覚えたこと。
自宅マンションの理事会メンバーや被害居宅の方々が同席する説明会の場で、その場の流れとは異なる意見を言わざるを得ないと判断したときに、「こんなことを言ったら、住まいの同じコミュニティの方々にどう思われるか」と頭をよぎりながらも発言するときに意外にもちょっと大きめの勇気が必要になること。
「もし、この説明会の場に、私の全面的な味方という立場で同席してくれるパートナーや代理人のような人がいてくれたとしたら、どれだけ心強かっただろう」と何かにすがりたくなる弱い気持ちが湧いてくること。
まだ完全に決着したわけではないものの、私が実際にこの被害を経験していなかったら気付くことのなかった感情をたくさん感じる経験になったように思います。
先日、知人の紹介で、ある業者のかたが、今回の被害に関する修繕の見積もりにきてくださいました。
ご紹介いただいたその日のうちにご連絡し、「早く日常に戻りたい気持ちが強くて、できるだけ早めの日にお越しいただけるとうれしいです」とお伝えしたら、すでに遅いお時間帯でしたのに、「よければ、今日この後行きますよ」とおっしゃってくださり、おそらく通常お仕事をしていないであろうお時間帯に駆け付けてくださいました。
お越しくださったその業者の方は、私の的を射ない質問にも丁寧にお答えくださいました。
その方がお帰りになるとき、お見送りをしながら、私が、思わず、「私、このおうちがとても大好きだったので、とても悲しかったんです」とつぶやいてしまったのです。
そうしたら、その方が、はっきりとしたお声で「大丈夫ですよ。ちゃんと修繕しますから、これからも大好きなおうちのままでいられます。」とおっしゃいました。
私は、別に、何かリアクションを期待してつぶやいたわけではなくて。
私は、その方が、とても誠実に、丁寧に現状を説明してくださり、そのことにほっと力が抜けたような気持ちになり、つい、本音がぽろっと出てしまったのだと思います。
そんな私のちょっとしたつぶやきに、「ですよねー」などと適当に話を流すこともできたはず。
「返答しようのないお気持ち表明をされてもなあ」と思われ、スルーされてしまっても仕方なかったかも。
それなのに、思いがけずいただいたお言葉に、胸にこみあげてくるものがあるのをぐっとこらえ、その方が見えなくなった後、涙が止まらなくなりました。
今回の出来事は、まだ終わってはいませんが、いつもご相談に来てくださる方がどのような思いで相談先をお探しになるのか、どのような思いでお困りになっていることをお話しになるのか、そして、そのようなときに、相談された側の言葉はどのように届くのかということの一端を感じる機会になったように思っています。
ときどきくじけそうになる気持ちになることもありますが、そのすべてが弁護士としての私には必要な経験なのかもしれないと捉え直しながら、日々の仕事を丁寧に努めていきたいと思います。
今年は、特に全国的に起きた災害でたくさんの方々が被害に遭われたと思います。
心よりお見舞い申し上げます。
修繕費用負担などに関し、ご不安等ありましたら、お気軽に弁護士にご相談ください。
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