リーガルエッセイ

公開 2022.01.31 更新 2022.04.13

大学共通テストのカンニング事件。大学生の行為は偽計業務妨害罪にあたる?

大学共通テストのカンニング事件。大学生の行為は偽計業務妨害罪にあたる?
記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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2022年初エッセイ

2022年が始まったと思ったら、すでにもう1月も終わり。
1年間は、12個の1か月で構成されていて、12個のうちの1個がすでに終わってしまったことに驚いています。
昨年1年間は少し思うところもあり、このリーガルエッセイの更新頻度がかなり少なくなっていました。
発信の手段が増えたこともあり、ここでの発信へのこだわりの気持ちが少し薄れていたような気もします。
でも、少し離れて思うのは、やはり、私にとって、このリーガルエッセイは、初めて、外への発信をスタートした大事なよりどころだなということ。
これからも大事に育てていけたらなと思います。

さて、先週話題になったニュースといえば、大学共通テストのカンニング事件。
何者かが、試験中に試験問題を撮影し、そのデータを、ある家庭教師紹介サイトに登録していた学生に送り、家庭教師としての実力を試すためのテストである旨説明し、その問題に対する回答を求めたという不正が行われたというのです。
報道によれば、後日、19歳の大学生が警察署に出頭したとのこと。
大学生は、大学に通いながら、他の大学進学を目指していたなどと報じられています。

捜査は始まったばかり。
まだ事実が解明されたといえる状況ではないため、事件に関する具体的なコメントは避け、少し一般的な話をしてみたいと思います。

まず、実際このようなことが行われていたとしたら、大学生の行為は犯罪にあたるのか?という点。

大学生の行為は、偽計業務妨害罪という犯罪にあたる可能性があります。

偽計業務妨害罪の「偽計」というのは、人をだましたりすること。
受験生は、受験にあたって決められたルールに従う必要があります。
ルールを守っているふりをしながら、実は、受験のルールを守らずに受験に臨んでいたら、それは、試験官をだましているということになります。
共通テストでも、試験中に試験問題を撮影し、それを外部に流出させて、他人に問題を解かせてその解答を解答用紙に書くことなど禁止されていて、にもかかわらず、こっそりそのようなことをすることは、「偽計」という要件にあたります。
でも、もしかしたら、「業務妨害」というところがぴんと来ないというかたもいるかもしれませんね。

実際、試験の最中に発覚してその試験会場が混乱に陥ったなどという事情がないから、いったい何が妨害されたというのか?という感覚ももっともです。

この「業務妨害」とは、実際に、何らかの業務が妨害されたことが要件とされているものではありません。
あくまでも、妨害の結果発生のおそれがある行為があれば、「業務妨害」といえるのです。
では、今回の件、妨害の結果発生のおそれがある行為といえるのか?
結論は、いえると思います。

試験中に試験問題を撮影し、それを外部に流出させて、他人に問題を解かせようとする不正が行われたら、それがその場で発覚した場合、発見した試験官が、その受験生を試験会場となっているその部屋から退出させて、事情を聞いたり、スマホの確認をしたりといった対応を迫られるでしょうし、本来試験会場で見回りをするはずだったその試験官の代替要員手配にも追われるでしょう。
場合によっては、試験会場にちょっとした混乱を招いたら、受験生を落ち着かせるためのアナウンスなども必要になるかもしれないし、さらには、不正をした受験生の受験資格についての協議や、その他受験生に関して試験のやり直しをすべきか否かといった検討にも追われることもあるかもしれない。
この事件を事後的に知った受験生らからの問い合わせに対応する必要もあるでしょう。
少し考えただけでも、共通テストの実施について妨害の結果発生のおそれが十分にある行為であったといえるはず。

ですから、偽計業務妨害罪が成立する可能性があると思います。

もっとも、出頭した大学生は19歳だったとのこと。
とすれば、成人とは異なる手続きがとられます。
もう10年以上前になりますが、当時19歳だった男性が、やはり大学入試中に携帯電話を使って問題をネット上に流し、そこで解答を得ようとしたという事件が報じられました。
家庭裁判所に送致された上で不処分になったと報じられた記憶があります。
今回はまだ捜査が始まったばかり。
大学生が本当に一人で企てて及んだ犯行なのか?
解答することを求められた学生たちはどのような認識だったのか?
そのようなことが慎重に調べられるものと思います。

ただ、私が今回のニュースで気になったことは、今後の捜査のゆくえなどではありませんでした。
報道では、このニュースをめぐって、いろいろなコメントが飛び交っていました。
「そもそもスマホを試験会場に持ち込めてしまったことが問題だ」
「試験官は、なぜ隠し持ったスマホに気づけなかったのか?」
「家庭教師紹介サイトでの本人確認のシステムが甘いのではないか?」など。
たしかに、どれも、それはたしかにそうだな、とは思うんです。
でも、どこか私には違和感が。
そんなことじゃないんだよな、という思い。
まだ、今回のことが起きた経緯がわからないから、今回のことと絡めて軽率なコメントはできませんが、仮に、受験生が、自分が望む学校に入学するための成績が足りないことに焦りを感じて及んだ犯行だったとしたら、という前提で考えると、一番気になるのは、なぜ、そこまで自分を追い込んでしまったのかなというところ。

視聴者の立場で、冷静にこのニュースを見ていると、その成功確率があまりにも低く、なんて無謀なことをやってしまったのかと思うかたは多いと思うんです。
でも、受験生が、そのことを判断できないくらいに追い込まれていたとしたら、その追い込んでいたものって何なのだろうと思うのです。
きれいごとかもしれないし、抽象的過ぎる話かもしれないけれど、でも、自分には、目の前に壁が立ちはだかっているときでも、目の前の壁で視界が遮られてしまっているだけで、少し首を1回ゆっくりと回して、深呼吸していろいろな方向に目を向けてみたら、実はいろいろな選択肢が存在していること、その中の一つに向かって進んでみたもののうまくいかなかったとしたら、それはすべてが終わったということではなくて、実は、そのときには想像もできていないもっと違う選択に向かう手がかりをつかんだっていうだけなんだってこと、自分には試験を始めとする外にあるものさしでは測り切れない価値がすでに常にあるということ、そんなことが当然のこととして実感できていたら、このような行動に出るのかな、と思ってしまう。

もっと言うと、この報道に対し、「こんな不正で人生棒に振るようなことして」というコメントも耳にしたけれど、そして、今回の不正が事実であれば、もちろん不正自体を肯定できることではないけれど、でも、そうであってもこれは受験生にとって選択を間違えてしまった体験に過ぎなくて、このことで、その後のすべてを棒に振ったなどと評価されることはあり得ないと思う。
今回のことを乗り越えて、その後いかに生きるかによって、今回のことはいくらでもその意味を後で書き換えることができるのだから、「人生を棒に振った」という表現はあまりふさわしくないと感じます。

私は、このような不正が起きないためのシステムを厳しく整えていくことと同時に、もっともっと大事な心を含めた教育の在り方をもっと真剣に考えなければいけないと思っています。

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