リーガルエッセイ

公開 2022.08.22

救護義務違反について「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」第4話

救護義務違反について「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」第4話
記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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救護義務違反

石子と羽男も先日ついに第6話の放映がありましたが、私の感想エッセイがしばらく途絶えてしまっていたので、今回、第4話を視聴しての感想をお話しします。
第4話では、救護義務違反が取り上げられていましたね。

いつも本題に入る前に気になることを取り上げたくなります。
裁判のシーン。
中村倫也さんが証人の反対尋問をしているシーンなのですが、弁護士としていまいち決め手に欠ける尋問となり、だらだらと質問しては、検察官に異議をだされ、裁判官にも質問の仕方を注意される場面がありましたね。
そして、そんな中、パラリーガルが、発見した証拠を手に法廷の中に駆け込んできて、それを弁護士に手渡すのです。
その証拠は、裁判の流れをがらっと変える証拠で、これまで意気揚々と証言していた証人は、新証拠を突き付けられてたじたじになり、最終的には、その証拠が決め手となる。

これ、今回のドラマだけでなく、私が大好きなHEROというドラマでも同様のシーンがありました。
一番の盛り上がりを見せ、感動の見せ場ともいえるお決まりのシーンになっているように思います。

でも、刑事裁判の場で、こんなことは実際にはありません。
検察官に対し事前に開示をしないままに、新証拠として獲得したという録画テープを、法廷で急遽放映して取り調べるということはありません。

その録画テープは、だれが、いつ、どのような状況で録画したものなのか、そこに編集や改ざんの形跡はないのか、なぜ、事件直後でなく、事件後時間を経て獲得するに至ったのか、そのようなことについて、弁護人からの何らかの説明も、それについての検察官の意見の表明もない状況では、その証拠の価値についても全くわからないままです。
そのようなものを、被告人の刑事責任についての判断材料にしてしまうことは、誤った判断を招きかねません。

お決まりのシーンで、必ず涙してしまうのですが、頭のどこかではあるべき刑事裁判のルールについて冷静に考えてしまいます。

そんな法廷のシーンで問題になっていたのは、交通事故が起きた際のこと。
交通事故を起こした運転者は、すぐに運転をやめて、負傷者を救護し、道路における危険を防止するなどの必要な措置を講じなければいけないというルールになっています。
このルールに反して、現場を離れてしまうと、「ひき逃げ」と言われるところの救護義務違反と評価される可能性があります。

このひき逃げ。
報道でもとりわけ卑劣で重大な犯行として取り上げられることが多いです。

それには理由があります。
1つ目には、事故後救護することが非常に大きな意味を持つからです。
言うまでもないことですが、事故後救護が遅れることで命に関わることもあります。
事故直後に病院に行き適切な措置をすることがなによりも重要で、逆に、これをせずにその場を離れることで、発見や救護が遅れ、助かる命が奪われるという結果になることがあるといえるのです。

2つ目に、救護義務違反は「わざと」なされること、その意味で悪質性がより重大といえるのです。
交通事故は、起きる原因はさまざまではありますが、注意義務に違反したという過失犯です。
でも、その後、被害者を救護せずにその場を離れるという行為は、故意に基づくものなのです。

今回のドラマでは、事故を起こしてしまった女性が被害者に駆け寄り、状況を確認したのに、被害者がそれを振り切ったのだから、救護義務違反にはならないのではないかという点が争われていました。

そもそも、事故を起こしてしまった人が、被害者に駆け寄り、「大丈夫ですか」と尋ねたところ、被害者が「大丈夫大丈夫」なんて言うケースってあるかもしれません。

実は、大昔の話ですが、私の弟が、まだ小学校低学年のとき、自転車に乗っていて、自宅のそばの道路で、後から車にこつんと衝突されたという事故に遭ったことがあったのですが、すぐにその運転手さんがうちの親のもとにいらしておっしゃるには、「お子さんは、大丈夫だし、お父さんとお母さんには言わないでほしいといったのですけど」とのこと。

被害者が子どもだったりした場合、急な出来事に混乱してしまい、親をはじめ周囲に心配をかけたり大ごとにしたりしないよう、救護を拒むような発言をすることがあるかもしれません。

そんなとき、車を運転していた人はどうしたらよいか?
被害者がいいと言うのだから、それ以上積極的に救護のための措置をとる必要はないと思いますか?

この点、安易に考えると非常に危険です。

過去の裁判例でも、車両の運転者が、人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去ることは許されないと判断されています。

ここで注意したいのは、この裁判例でも、「負傷が軽微なため被害者が医師の診察を受けることを拒絶した」場合は、措置をとらなくてもよいのだと解釈し、現場で、被害者のかたが「この程度大丈夫ですよ」と言ったからといってその場を立ち去ってしまうことが危険であるということです。

なぜかというと、後々、被害者のかたが、「自分は、この程度大丈夫などと言っていない」と供述する可能性もあるからです。

その場でのやりとりは必ずしもドラマのように録画として残っているとは限りません。

人の供述は、将来、ちょっとした事情の変更や気持ちの変化で簡単に覆るものだということを念頭に対応を考えるべきだと考えています。

また、事故直後はけがをしていないように思えても、時間が経ったら痛みが出てきたり、思いがけない重大なけがをおっていたことが判明したりといったことは通常あり得ること。
そのようなことを想定し、念には念を入れて、事故を起こしてしまったお相手の被害者に対し、説得して、病院に行ってもらうなどすることも考えたほうがよい場面が多いように思います。

自分の目の前で「大丈夫だよ」と言ったお相手が「自分はそんなこと言っていない!」という状況って、なかなか想像できないと思いますし、また、そういったことを想定して対応するのって人を悪く見るようで嫌なものですよね。

でも、この仕事をしていると、やはりそのように常にリスクを考えながら対応することが何よりも自分の身を守ることになると確信しています。

交通事故は、起こそうと思って起こすものではなく、普段、ごくごく普通に生活している中に潜むものです。
どなたにとっても身近な問題として今一度ルールを見直してみるとよいと感じます。

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