リーガルエッセイ
公開 2022.09.20

山口県の“誤振込事件” 公判期日で被告人は無罪を主張か

山口県の“誤振込事件” 公判期日で被告人は無罪を主張か
記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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山口県誤振込事件 公判期日で無罪主張か

山口県阿武町で起きた誤振込事件。
来月10月5日に第1回公判期日が開かれると報じられています。

「あれ?この件って、もうお金が阿武町に戻ってきて、解決したのではないの?」と思われる方もいるかもしれません。

でも、誤振込されたお金が町に返還されたことと、被告人の刑事責任の成否とは一応別問題です。

なお、民事裁判についてもまだ結論が出ているわけではなく、先日、裁判所から和解案が提示され、裁判上の和解の成立に向けた話し合いが続いているところであると報じられていました。

では、被告人の刑事責任はどうなるのか?

この点、「実刑になるのか?それとも、お金が返って来た以上、執行猶予判決になるのではないか」などという議論を報道で見たことがあります。

たしかに、そのような点も問題にはなり得ますよね。

ただ、今回の裁判で、まず大きな争点となるのは、そもそも、被告人に犯罪が成立するのか、という点です。
実際はわかりませんが、報道においても、弁護人は、無罪を主張すると思われるとの見通しが報じられていました。

問題となるのは、電子計算機使用詐欺罪の成否です。

以前、こちらのエッセイと一部内容が重複しますが、今回の事実関係のもとでは、電子計算機使用詐欺罪が成立しない、つまり無罪となるという考え方が十分あり得るのです。

電子計算機使用詐欺罪が成立するのは、

  1. 電子計算機に
  2. 虚偽の情報または不正な指令を与えて財産権に関わるうそのデータを作り
  3. 財産上不法の利益を得る

という要素を満たす場合です。

この❷で言う「虚偽の情報または不正な指令を与えて」という行為が認められるのかが問題となります。

この判断に大きく影響するのは、誤振込された預金債権が、振り込まれた時点で振り込みを受けた男性のものになっていたかどうかということに関する過去の裁判例です。

過去、ある民事事件に関し、最高裁で、誤振込された預金債権は、誤振込であったとしても、誤振込を受けた口座名義人に成立していると判断されたものがあります。
つまり、この考え方によると、誤振込であったとしても、誤振込を受けた口座名義人の引き出しがいったん正当と評価されることになります。

この判断を前提にしたら、今回、男性が、自分の口座に振り込まれたお金を、引き出したり、他に送金したりする行為は正当と評価されるわけですから、電子計算機使用詐欺罪の要件となる「虚偽の情報」や「不正な指令を与えて」という要素を満たさないのではないかと考えられるわけです。

では、検察側は、このような主張があり得ることは当然想定した上で、どのように説明して犯罪構成要件に該当すると主張するのか。
返金すべき誤って振り込まれたお金を、あえて決済代行業者の口座に振り替えたという行為が、本来だと与えられるべきでない指令を入力している行為だと実質的に評価するのかもしれません。
いずれにしても、構成要件をそのまま表面的に読み取るのでなく、何らかの評価が必要になると思われ、そもそも、刑事責任というものが、あらかじめ、事前に、何をしたらどのような犯罪になるかが一義的に明確であるべきなのではないかという考え方からするとその点に問題がある解釈ともいえるかもしれません。

初公判での検察の主張に注目したいと思います。

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