リーガルエッセイ
公開 2025.11.20

言葉を発する前に、オーディエンスを登場させる

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記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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オーディエンスを登場させること

もう1年前ころのこととなり、やや当時の衝撃が薄れつつあるので、そろそろ時効なのではないかと思い、わが家で起きたあるエピソードについて、お話ししてみたいと思います。
当時、私自身、仕事が忙しかったのか、なんとなく気持ちに余裕がもてない日々が続いていました。
そんな中、わが子がやることなすこと、ひとつひとつが目につき、ことあるごとに、なんだかんだと注意していました。
そんなある日、そのきっかけとなる出来事がなんだったかは完全に忘れてしまったのですが、子どもの何かに対して私が憤慨してしまい、子どもの部屋に行き、ベッドに寝っ転がってごろごろしていた子どもにすさまじい勢いで小言をまくしたてはじめたのです。
いつもであれば、私が何か言えば、すぐに反論が返ってくるのですが、この日は、なぜか子どもがじっと黙り、私の小言を聴いているのです。
でも、その様子が、素直に私の言葉に耳を傾けているという感じではなく、反省の様子は一切なし。
むしろ、なんだか私をあおるような態度。
そんな様子に、私も勝手にヒートアップしてしまい、それはそれは強い口調で、「そもそもあなたは!」みたいなところから、言わなくていいようなこと、私自身、親として言ってはいけないと思うことまでわーっとまくしたててしまいました。
ひととおりまくしたてて、一息ついたときに、子どもが突如勝ち誇った顔をしたのです。
そして、「はい、ママの暴言のすべてをここに録音したよ」と言い、手にもっていたスマートフォンを高く掲げました。
私は、その瞬間、「やられた」と思いました。

子どもは、「ママ、自分で気づいていないと思うけど、信じられないほど言い方強いからね。ママは、ふだんから、お電話での話し方も本当にきつくて、みんな、『この人怒ってるのかな』って思うはずだよ。普通の子だったら、これ、傷つくし、怖いと思うからね。私だってすごく悲しい気持ちになったからね。これをSNSとかで拡散したら、みんな、ママのこと、とんでもない親だって思うよ」と言うのです。
私は、そこで負けていられないと思い、「別に何も後ろめたいことはないから、拡散するならいくらでも拡散すればいい。何も間違ったこと言っていないからね。そんなことして、私が怖気づくとでも?とんだ浅知恵だわ」と毒づきました。
言葉とは裏腹に、完全に怖気づいた状態で。
結局、その後、私よりはるかに大人な子どもが「まあ、もともとは私が悪かったから、この録音は消すけどね」と言い、その機運に前のめり気味にのっかった私も、「いやいや、とはいえ、私が言うべきじゃないことをいっぱい言った。余裕なくてイライラしていたとはいえ、感情的に言葉を投げつけるべきじゃなかったから、私が悪いよ」などと言い、なんとなくむりやり収束させたのですが、私の中で、この出来事は、とても衝撃的でした。
わが子が私の怒声を録音するという行動に出たことについては、驚きはしたものの、刑事もののドラマが大好きな私の子どもなのだから、この点は推して知るべしといったところ。
何が衝撃的だったかって、私が、わが子に対し、「人に聴かれたらまずい」と自ら後ろめたくなるような感情的な怒り方を平然としていたということに気付いたからでした。
子どもが録音していたという事実を知ったときの、「やられた」という感情。
つまり、「録音されていると知っていたなら、もっと伝え方気を付けたのに!」という猛烈な後悔。
私は、なんて卑劣な人間なんだろう、と自分が心底嫌になった瞬間でした。
同時に、もう二度と、人に聴かれたときに後ろめたく思うような物言いを子どもに対してすまいと自分に誓ったのです。
とはいえ、私は、子どもの言動に腹が立ったとき、一言言葉を発する前に、「まさか録音していないよね」と一瞬思い、子どもの手元を見て確認しから、持っていないことを現認するや、盛大に怒り出すようなあさましい人間なのですが、それでも、2回に1回くらいは、「もし、今ここにオーディエンスがいたら私はどんな言葉を発する?」と想像し、オーディエンスが私の言葉を今ここで聴いていたとしても後ろめたくない言葉を選ぼうという冷静な判断に至ることに成功することも。
本来、もっと本質的なところから、子どもにかけるべき言葉というものを冷静に繰り出せる自分になりたいと思うものの、それがなかなか難しい現状で、オーディエンスの登場をさせることで、一瞬、考える時間をはさみながら、子どもにかける言葉を、少しでも丁寧で温かいものにすることが今の私にできる精いっぱいなところ。

そして、このオーディエンスを瞬時に自分の頭の中に登場させる方法は、私にとって、実は子どもと話すときだけではなく、他の場面でも利用することがあります。

先日、私が所属する事務所内で、ハラスメントについて考えたり、意見交換をしたりする機会がありました。
その際、少しだけお話ししたのですが、私は、自分が仕事をする上で人とコミュニケーションをとるにあたっても、ときに、この、頭の中にオーディエンスを登場させる方法は役に立つことがあるのかなと思っています。
特に、私の場合、お恥ずかしいことに、「みんなに見られている」と思えて初めて、「『そこにはいろいろな考え方の人がいるだろうから、だれにどんな角度から見られたとしても問題がないと思われる伝え方はどんな伝え方だろう』という視点で考えねばならない」という緊張感が生まれるような気がするのです。
それによって、一瞬、いろいろな角度からの視点から、発する言葉を見直すというプロセスが加わり、少しだけ丁寧な伝え方になるような気がしています。
人によっては、私のような発想にならない方もいると思うので、万能な方法だなんて思わないのですが。
人に何かを伝えようとするときに、その伝え方は、この状況において最善のものなのだろうか、より相手を思いやる、適切な伝え方はないのだろうか、と考えるとき、このオーディエンスを登場させる方法以外にも私自身が多用している方法があり、そんな話もまた次の機会にお話ししてみようと思います。

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