リーガルエッセイ
公開 2026.05.12

謝罪の儀式について思うこと

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記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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謝罪の儀式について思うこと

先日、ある芸能人のかたが、先輩芸能人のかたから過去にいじめを受けたという発言をきっかけに、一人の芸能人のかたがいじめ加害者として特定されるなどしたのをSNS上で見ました。
SNS上の情報によると、その先輩芸能人とコンビを組んでいるかたが間に入り、被害を受けたというかたと当該先輩とが直接電話で話をする機会が作られたとのこと。
いじめたとされる先輩側が謝罪して解決したという顛末が読み取れる内容でした。

この内容については、SNS上でしか見ておらず、そもそも、大前提としてどのような事実があったのかということも知らない立場なので、この件について軽率にコメントすることはできないと思っています。
ただ、SNS上で、この件に関する投稿の中に、「いじめの解決方法として、被害者側と加害者側が直接話すというものはいかがなものか」などという意見がいくつかあり、この点については、私自身、学校における子どもたちのいじめ問題という観点で関心のある問題でしたので、この件を完全に離れ、学校におけるいじめ問題の解決方法に関して、思うところを話してみたいと思います。

わが子が保育園や小学校に通っていたころ、この問題は、私にとって他人事ではありませんでした。
仕事を終え、子どもを保育園や小学校に迎えに行った際、先生から、「ちょっといいですか?」と声をかけられるのです。
聴けば、「今日、〇〇ちゃんが、上のクラスの子たちからちょっとからかわれたようなことがあって、〇〇ちゃんがそのお話をするかもしれません。〇〇ちゃんから話を聴いた先生が、上のクラスの子たちに確認し、ちょっと面白がってからかっちゃったと認めたので、彼らには、〇〇ちゃんに直接謝るように伝え、〇〇ちゃんも、『大丈夫だよ』と言って解決しました」などという話。
保育園時代に限らず、小学校になってからも、こんなことがしょっちゅうありました。

帰宅してから、自分が話したくなったタイミングで子どもが保育園や学校であった出来事をぽつぽつと話し出すのです。
すると、たいてい、起きたという事象についてのニュアンスは、先生からいただいていた説明とは全く違うものだったりします。
もちろん、その原因として、子どもが、被害に遭ったという恐怖から、実際よりも少し大きく被害を表現していることもあるかもしれないし、そもそもの表現の未熟さによるところもあるかもしれないし、親である私に甘えたい気持ちによるところもあるのかもしれず、すべて、わが子の表現したことが100%事実なのだと言うわけではなく。
ただ、一方で、果たして、保育園や小学校では、私に教えてくれたことを事実と認める過程で、どの程度中立の立場で、事実を明らかにしようと調べてくれたのだろうかと思わざるを得ないことも。
そして、仮に、そこに、子どもが傷つくようないじめと評価される要素があったのだとして、その出来事を解決するための手段として、双方を立ち会わせて、そこで「ごめんね」「いいよ」の儀式をすることが適切かということをどこまで真剣に考えて行ったのだろうかと思わざるを得ませんでした。

いじめられた子が、いじめた子から「ごめんなさい」と言われ、そこで、先生から「この子も反省して謝ってくれたから、〇〇ちゃんも、許してあげようか。これから仲良くできるよね」なんて促されたらどう思うのだろう?

まだ、自分がされたことによるショックで、それによる痛みさえ実感できていないようなタイミングで、その痛みを相手がちゃんとわかってくれているのかもわからない、相手は、何について「ごめんなさい」と言っているのかもわからない、これから本当に嫌なことをされなくなるのかわからない、でも、もしここで「まだ許せません」なんて言ったら、先生から逆に怒られるかもしれず、相手からも仕返しされるかもしれないことだけはわかる。

そんな状況で、「いいよ。大丈夫だよ」以外の言葉を言えるのだろうか?
さらには、先生からの無言の期待を察して「こっちこそごめんなさい」なんていう言葉まで言ってしまう子もいるのではないだろうか?
でも、子どもの成長、発達の状況によっては、そんなもやもやした気持ちを言語化することが難しく、先生にも、親にさえも、その思いを伝えることができず、ただ心の中に傷が残り、大きくなっていくこともあるのではないだろうか?

いじめを受けた側には、自分がされたことの意味を理解し、その痛みを感じるまでに時間がかかることもあるだろうし、その出来事を自分がどう受け止めているか、相手をどう思っているか言語化することにも時間や周囲のサポートが必要な場合もあると思います。
そして、いじめをした側が、自分がしたことの意味を理解するためには、いじめを受けた側の思いを、保護者や教員を通じて知ることが大前提として必要になるはず。
その上で、個別の指導、教育、内省等を通じて少しずつ理解を深めていく必要があり、謝罪というのは、そのような過程を経て初めて意味をもつものであるし、謝罪のタイミングや方法だって、加害側や仲介者側が一方的に被害側に押し付けてよいものではなく、被害を受けた側の意向を踏まえてのものでなくてはいけないはず。
そのようなことを考えると、私は、学校等で、十分な調査もなく、被害側の意向も踏まえずに敢行される「謝罪の儀式」は、謝罪としての意味が全くないにとどまらず、むしろ、被害側の傷を深め、長期化させることにもつながりうるし、加害側においても、「適当に謝れば解決するのだ」という意識を植え付けさせることで再度の同じような行為をも招きかねないものと考えています。

子どもが成長する過程で、少しずつ、自ら被害回復のための方法を学んでいく必要もあるのだと思います。
でも、少なくとも、学校でいじめ事案が発覚した場合には、勝手な判断で謝罪の儀式を行うのではなく、被害者としての子どもの立場で、謝罪の方法等を子どもとともに考える保護者に対し、速やかに状況を報告し、事実関係の調査、その後の対応等についても意向を確認する必要があるのだと考えています。

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