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「普通なら振り込まない」では防げない――法人を狙う詐欺への備え
社長を名乗る人物からの指示を信じ、経理を委託された会社の担当者が約9,600万円を送金したという報道がありました。
メールをきっかけにメッセージアプリのグループへ誘導され、「相手方がリアルタイムの着金を求めている」と急かされる中で、担当者は社長本人からの業務指示だと受け止めたとされています。
これは、いわゆるビジネスメール詐欺、最近は「ニセ社長詐欺」とも呼ばれる手口。警察庁が紹介する事例でも、実在する社長名や会社名を使ったメールから始まり、「新規プロジェクト」を口実にSNSグループの作成や振込権限者の招待を指示し、口座残高を確認させた上で、「至急、事業資金が必要だ」などとして送金させる流れが示されています。
また、IPAが公表する事例には、取引先になりすまして振込先口座の変更を求め、偽造した銀行口座証明書類まで添付したものもあります。
この種の報道には、「普通は振り込まないだろう」という感想が寄せられがち。
しかし、その見方は危険です。
詐欺師は、突飛な要求だけを一度に投げかけるのではありません。
本物らしい社長名、日常業務に見える指示、複数人がいるように見えるグループ、そして「至急」「相手を待たせられない」という時間的圧力を重ねます。
担当者の誠実さ、責任感、上司の指示を速やかに実現しようとする気持ちが、かえって利用されます。
不注意だからだまされるのではない。
仕事を真面目に進めようとする場面で、確認する余裕や心理的な抵抗を奪われるから、結果としてみれば誤った判断をしてしまうことになるのです。
ここで、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
「普通なら振り込まない」と思うような指示であっても、社長の名前が表示され、日ごろの業務にありそうな言葉で話が進み、複数人が参加するグループまで用意されると、私たちはそれを「確認すべき異常」ではなく「急いで処理すべき業務」と受け止めてしまうことがあります。
しかも、「相手を待たせられない」「今すぐ」と急かされれば、念のため電話を一本かけるという、ほんの短い時間さえ惜しく感じてしまうもの。
だまされるのは、注意力が足りない人とは限りません。
むしろ、任された仕事をきちんと進めたい人、上司の期待に応えたい人ほど、その誠実さや責任感を利用される可能性があります。
対策の第一歩は、こうした具体的な事例を、経理担当者だけでなく会社全体で知ること。
「当社でも起こり得る」と具体的に想像できて初めて、違和感を声に出し、送金をいったん止めることができます。
その上で、送金に関するルールをあらためて明確にする必要があります。たとえば、新規又は変更後の振込先への送金、多額・至急の送金、社長・役員からのメールやSNSによる例外的な指示については、メールやSNSへの返信ではなく、あらかじめ登録された電話番号等の別経路で本人又は取引先に確認することを必須とするなど。
確認先は、怪しいメールの署名欄にある連絡先ではなく、社内の連絡先一覧や従来の契約書等、信頼できる情報源から選ぶことが重要です。
こうしたルールは、担当者を疑うためのものではありません。
むしろ、まじめに仕事をしようとする人が、一人で迷い、一人で責任を背負わなくてよいようにするためのものです。
「急ぎの送金ほど、いったん止めて確認する」
「メールやSNSで届いた連絡先は使わず、登録済みの電話番号にかける」
「一人の判断で送金を完了させない」。
あらかじめ会社全体で決め、繰り返し共有しておけば、違和感を口にすることは、業務を滞らせる行為ではなく、大切な会社と仲間を守る行為になります。
詐欺の手口を知ることは、恐怖を増やすためではありません。
いざというときに少し立ち止まり、自分と周囲を守るための力を身につけることなのだと思います。
このような報道が、詐欺被害から会社を防ぐ対策を個人の危機察知能力にのみ委ねるのでなく、会社全体で、詐欺の被害者にならないための仕組みづくりをするきっかけになるといいなと思います。
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