リーガルエッセイ
公開 2026.10.02

「カスハラをしてしまう側」になるリスク

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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カスハラをしてしまう側になるリスク

10月1日にスタートする改正労働施策総合推進法に関しては、会社が、カスハラから従業員を守るためのカスハラ対策を講じる義務が生じるという点がクローズアップされています。

でも、会社で働く方たちは、商品やサービスを提供する側であると同時に、商品やサービス提供を受ける立場にもなり得ます。

働いている中で、取引先との関係で商品やサービスを受ける側に立つこともあるし、また、仕事を離れ、一消費者として顧客という立場になることもありますよね。

改正労働施策総合推進法では、労働者が、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払わなければならないこと、顧客等においても、労働者に対する言動が、その就業環境を害することがないように必要な注意を払うよう努めなければならないことについて定められています。

つまり、働いている中で、他の取引先等とやり取りするにあたって、カスハラをしてしまうことがないように、また、商品やサービスを受ける顧客の立場でも、カスハラをしてしまうことがないように努めなければならないこととされているのです。

カスハラをしないように、と言われても、現実の社会生活の中ではなかなか難しい問題です。

少なくとも、私は、とても他人事とは思えない問題だと感じます。

先日、私の自宅で水災に遭ったのですが、その際もまさにその難しさを感じました。

私自身には、この被害に関し、家の水回りの設備管理や戸締り等何ら落ち度はなかったのです。

だから、水災に遭い、それに対する管理会社や自宅の建築に関わった業者の方に対しては、「一刻も早く、元通りの生活ができる状態にすべき義務がある」という強い思いがありました。

そのような中で、現状の説明内容に、責任逃れをしようとする姿勢が感じられたり、対応が遅いと感じられたり、対応が遅れている事情の説明が不足していると感じられたりすると、納得がいかず、怒りがこみあげてきました。

自分でも、口調がきつくなっている自覚がありました。

そして、そのような状態になっているときに私の頭の中にあるのって、「相手に、『自分はとんでもないことをしてしまった』とこれまでの対応を後悔させたい」とか「私を軽んじられたくない」とか、そういう思いだったと思うのです。

こういう思いでいっぱいのときに、冷静になることは本当に難しい。

自分が正義であるという大前提が確固たるものになってしまっているような気がします。

弁護士の仕事をしていながらわれながら恥ずかしい。

でも、そんな私でも、ちょっと視点を変えてみると、見えてくるものがあるのです。

「相手にも相手の事情があって、相手にとって、顧客は私だけではないわけで、そのような中、調整しながら対応してくれているんだろうな」とか「進捗を逐次報告しないと腹を立てていたけど、そもそも、進捗報告すべき適切な頻度って人によって考え方がいろいろなはずで、私のほうで、こういう頻度でお願いしたいという希望があるなら、それを相手に伝えて、それが可能なのか話し合わないと相手だってわからないよな」とか「相手は、責任逃れしたいなんて一言も言っていなくて、それは完全に私の妄想なわけだから、そういう勝手な評価をしていても何も前に進まないよな」とか「どこに落ち度があるかについては、それぞれの立場で考え方もあるわけだから、こちらが正義、あちらが悪という前提をとること自体、間違っていたな」とか「この怒りをなんとかしたい、ではなくて、ゴールが、元通りの生活ができる状態にすることだということに再設定しなくてはいけないな」とか思えてくるわけです。

そう思えると、相手とやりとりするにあたって、口調も変わってくるし、まずは、私の家の問題を会社内で検討してくれているという事実自体への感謝の気持ちを伝えたくもなってくる。

自分の中にある思い込みを疑ったり、視点を変えてみたりすることで、自分の言動が明らかに変わってきたことを実感。

そして、怒りを晴らしたいと煮えたぎっていたときよりも、私自身が楽になったような気がします。

逆にそれができなかったとしたら、私は、きっとお相手の就労環境を悪化させてしまうような言動に出てしまったのではないかとも思います。

カスハラの定義やカスハラ該当性の判断基準を知ることは大事なことです。

でも、同じ言動であっても、他の要素との関係で、その評価は変わり得るもの。

まずは、提供される商品やサービスについての不満から、つい感情的になってしまったときに、少しだけ冷静になって、自分の中の当たり前が、他人にとっての当たり前でないということを思い返してみるだけでも、カスハラ行為に及んでしまうリスクを避けられるのかもしれません。

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